かつき・ゆか
1973年、大阪府出身。京都大学工学部卒業。趣味は古楽器演奏(チェンバロ)。好きな作家は永井荷風、泉鏡花。受賞作『水に立つ人』は「オール讀物」2013年11月号(文藝春秋)に全文掲載された。

第93回 オール讀物新人賞

新人文学賞。受賞者には賞金50 万円と記念品が贈られる。選考委員は宇江佐真理、佐々木譲、白石一文、乃南アサ、森絵都。
主催 文藝春秋

香月夕花さん

テーマは見つけるというより
むしろテーマの側から訪れてくれるもの

 行方不明者と残された人々の事情を見聞きする機会があり、是非とも作品にしたいと感じて書き始めました。劇中だけでも再会させたいという気持ちも強くありました。
 しかし、子供達を愛せない小学校の先生と、発達障害を抱えたまま大きくなった青年、という二人の登場人物が出来上がった辺りから物語が勝手に動き始め、出来上がってみると始めに意図したのとは随分違った形になっていました。書いているのは自分自身であるにもかかわらず、コントロールが効くようで効かないところなど、つくづく創作の面白さを感じます。
 短編として仕上がったため、「オール讀物」に応募させていただきましたが、次の作品に取り組んでいるうちに応募したこと自体をすっかり忘れてしまい、編集部からご連絡いただいた時には、人生ではじめて腰を抜かすという経験をしました。震えながら手近にあった楽譜の裏にメモを取る様子を、飼い猫が怪訝そうに見ていたことをよく憶えています。楽譜裏のメモはもう要らないのですが、なんだか勿体ないので消しゴムをかけずそのままにしてあります。いつかまたその曲を弾いた時に、腰を抜かすほど嬉しかった感覚を不意打ちに思い出せるかも知れません。
 受賞前も受賞後も時間の限り書き続ける生活に変わりはありませんが、書いたものが他人様のもとに届く確率は以前と比べものにならないほど上がりました。読んで頂けること、人に伝わるということをとても嬉しく感じます。
 この先も書きたいテーマが列をなしている状態です。順番待ちしている彼らをどこまで作品化できるか、体力、気力の勝負だと思います。テーマは自分が見つけるというよりは、むしろテーマの側から訪れてくれるものだと考えているので、せっかく自分の元に来てくれたからには、一つも眠らせることなく書き切りたいと思っています。ちょっと休憩した隙にデスクチェアを乗っ取る猫にもめげず、今日も明日も明後日も、淡々とかつ喜びを持って、書き続けます。
(かつき・ゆか)

受賞作

『水に立つ人』

子供達を愛せない小学校教師の元に、集合写真を撮りに訪れたカメラマンの青年。その自由奔放で突拍子もない振る舞いが、彼女の心の殻を壊しかけるが、悲劇は突然訪れる。喪失と再生の物語。

ひらおか・ようめい
1977年、神奈川県横浜市出身。慶応義塾大学文学部卒業。フリーライター、フリー編集者。受賞作『松田さんの181日』は「オール讀物」2013年11月号(文藝春秋)に全文掲載された。

第93回 オール讀物新人賞

新人文学賞。受賞者には賞金50万円と記念品が贈られる。選考委員は宇江佐真理、佐々木譲、白石一文、乃南アサ、森絵都。
主催 文藝春秋

平岡陽明さん

とにかく読後感の
良いものを書きたい

 応募するにあたって、大衆文芸とは何か、について考えた。ざっくり言えば、自分のためではなく、他人のために書くことだ。よく、小説を好まない人が「しょせんフィクションだから」と口にする。半分は賛成だ。しかし作り手の側に立つと、「しょせんフィクション」だからこそ、「もっと面白く」「より面白く」なければならないと痛感する。他人のために書くのだから当然だろう。
 それに関連して言うと、「しみじみ」でも「ほのぼの」でも何でもいい。とにかく読後感の良いものを書きたいとも思った。人間の浅ましさや、嫌な思いは、みんな日常生活で充分に味わっている。
 そして、読者に無用の負担はかけたくない。たとえば長いセンテンスを書きかけたら、自問自答する。この一文を長くする効果や必然性はあるか?  短くして、同じ効果は得られないか?  一読しただけで読者は意味がとれるか?
 まだある。ケースによりけりだが、風景描写や情景描写はなるべく控えたい。小説を書こうという人は、時に腕によりをかけて描写したくなると思う。しかし読者にとっては退屈なことが多い。「花鳥風月」よりも「喜怒哀楽」を、「山川草木」よりも「世態風俗」を、「春夏秋冬」よりも「事件と人情」を書いていきたいと、今は思っている。
 右に述べたことをまとめると、自分の文学的虚栄心を満たすために、作品を「つまらなく」してはいけない、とでもなるだろうか。そのためには、時には思い切って「雑」に徹することも必要だと思う。
 受賞したあと、文藝春秋の方に、「自分の話を面白いと真剣に信じられる人が量産できます」と言われ、深く心に刻んだ。とくに私のような、小説世界の入場券だけを配給されたに過ぎない者にとっては、大切な心がけだ。そこに拠り所を求めるしか、書き続けることはできないのではないか(どうせ挫折の連続なのだから)。
 受賞して嬉しかったハネムーン期間は一週間ほど。今は、遅々とした自分の足取りに、心地よい恐怖感を味わう日々です。
(ひらおか・ようめい)

受賞作

『松田さんの181日』

余命半年の無名舞台俳優・松田さん。彼の自伝のゴーストライターを命じられた、限りなくプー太郎に近い漫才脚本家・寺ちゃん。ふたりは意気投合し、松田さん最期の181日をいっしょに過ごすことになった。               
              

しまなか・じゅん
1961年、千葉県生まれ。東京都在住。東京工業大学大学院総合理工学研究科修了。宇宙関連団体職員。趣味はテニス、ピアノ。好きな作家は谷崎潤一郎、三島由紀夫、中島敦。受賞作『代理処罰』は光文社より2月刊行予定。

第17回 日本ミステリー文学大賞新人賞

広義のミステリーで、日本語で書かれた小説を募集。受賞者にはシエラザード像と賞金500 万円が贈られる。選考委員は、あさのあつこ、笠井潔、今野敏、藤田宜永。
主催 光文文化財団

嶋中潤さん

書きたいことがあるために
書いた小説

 憧れ。
 これがすべてのはじまりだと思います。小説家に、宇宙飛行士に、もしくは学者に。誰もが将来を見つめた時、多くの職業を夢とともに思い描くはずです。
 進学の際は理学部を選択しました。ちょうど遺伝子工学という言葉が使われはじめた頃です。理由は「絶対の探求」。移ろう季節は美しく感動的ではあるものの、そこに生きる曖昧でいい加減な人間に呆れ、さらにその構成員の一人であることに苛立ちを感じていた頃です。今ならそれ自体、若者特有の純粋かつ傲慢な考えと一蹴できますが、当時は頑固で、それなりに真剣でした。
 ところが挫折はすぐに来ました。実験の際、窓からのぞく気持ちの良い青空を眺めながら「テニスがしたい」と考える自分の横に、嬉々として試験管を振る学友がいたのです。かなわない。早々に白旗を上げましたが、同時にそれは「探求したい何かがあったわけではなく、単に学者に憧れていただけ」という現実を見せつけられた時でもありました。当然ですが、職業とするには憧れ以外に必要なものがあり、そうしたものが明らかに不足していました。
 結局サラリーマンとなり、縁あって宇宙の分野で働くことになりましたが、幸運なことにそこは不満よりも楽しみが連続する職場でした。NASA出張、シャトルの打ち上げ。砂漠の中のバイコヌール。そのどれもが得難く忘れがたい思い出です。充実した時間であったため、あえて他の道を探す必要は感じませんでしたが、それでも夢はあり、小説らしきものを書いていました。しかしながら、辛く苦しいと感じるだけの時間で長続きはしませんでした。そんなある日、ジムで走っていると突然、理由もなく書きたいと思いました。書けると感じ、その時はじめて楽しく文字を連ねることができました。結果、六百枚の作品が完成し、最終候補となりました。
 幸運にも、今回受賞にいたりましたが、その時から十年以上の時が流れています。ふり返ると、毎年一作と誓い、書き続けることができたのがよかったのだと思います。そしてそれは何よりも、「書きたいことがあるために書いた」のであり、「小説家になるために無理に文字を連ねた」わけではなかったことが、楽しく継続できた大きな理由であると感じています。
(しまなか・じゅん)

受賞作

『代理処罰』

誘拐された娘を救うため、交通事故を起こして故郷ブラジルへ逃げ帰ってしまった妻を連れ戻すことを決意する主人公。単身ブラジルへ渡るが、妻の帰国を望まぬ者が妨害工作を施し、奮闘する主人公の前に立ちはだかる。帰国に暗雲が立ち込め……。               

              

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