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名前の付け方

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下村敦史×若桜木虔 WEB対談


公募スクール・文学賞別添削講座のスタートを記念して、作家・下村敦史さん(第60回江戸川乱歩賞受賞)と、連載『作家デビューの裏技、教えます!』でおなじみの若桜木虔先生とのWEB対談を実施いたします。

下村さんはデビュー前、若桜木先生の小説指南本を熟読されていたそうです。


お二人には、テーマ・ネタ選びから、キャラクター作り、取材方法など、小説を書くために必要なテクニックをお話しいただきます。ご期待ください!

 

(WEB対談について)

今現在メーリングリストで展開されている対談内容を、ほぼリアルタイムで掲載していく企画です。

発言があり次第、随時更新していきます。

 

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「名前の付け方」 

読者からの質問が届いております。
今回は、名前の付け方に関するものです。
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いつも、お二人の対談を楽しく読んでいます。
私も新人賞への投稿作品を書いていますが、キャラクターを作るときにどうしても名前がうまく決まりません。
とりあえずは身近な人と被らないように、とだけ思って、あまり良く考えずに名前を付けています。
現代ものももちろんですが、時代小説、海外が舞台の小説などは、まったく思いつかなくて、すごくありがちな名前にしてしまっています。

下村さんの『生還者』を読んで、ヤマミチなど、印象に残ってキャラが際立つ名前が素晴らしいと思いました。
お二人はキャラクターに名前を付ける時、どのようにして決めていますか?
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若桜木:頭の中だけで考えると、どうしても偏りというか、癖が出ます。例えば濱嘉之さんは「田」の付く苗字が異常に多い。ご本人は気づいていないと思いますが。
ご本人は書き分けているつもりでしょうが、読んでいる側としては時として混乱します。
新人賞応募作だと、猛スピードで選考する下読み選者さんの中には苛立って減点する人がいる可能性があるので、用心したほうが良い。
私は生徒さんには、「登場人物名は、誤読回避のために一文字も重ならないのが鉄則(家族や親類を除く)」と指導しています。私自身は『都道府県の特徴的苗字(名字)一覧』というサイトを参考にしています。

http://myoujijiten.web.fc2.com/todouhuken.html ←がURLですが、日本の苗字には、非常な偏りがあります。例えば愛媛県では越智という苗字が、鈴木や田中よりも多いはず。
「この人物は**県出身」と経歴を決めておけば、このサイトを見て、それらしい苗字を決めることができます。他にも、いくつか苗字に関する研究サイトがあると思います。

時代劇のネーミングは、これは、ちょっと難しい。時代劇のプロ作家でも、全く分かっていない人が相当数います。
明治維新よりも前の日本人男子は苗字+通称(官位がある人は官位)+諱(本名)という3層構造をしていました。例えば織田信長なら「織田上総介信長」というようになります。

で、会話では苗字も諱も呼ばず、通称だけを呼ぶのが礼儀でした。
なぜかというと、江戸時代末期まで「呪殺」ということが、信じられていました。実際に薩摩の島津斉彬に対しては、呪詛が行われたことが知られています。
呪詛には、呪う相手の苗字と諱の、正確な漢字表記が必要です。そのために苗字と諱は敵方に知られないように、口頭で言うことが固く禁じられていました。
大河ドラマの台詞で「信長様」「秀吉様」「家康様」などと言うのは言語道断です。
もう、そうなったら私は見ません。時代考証が出鱈目なことが、この一事だけで分かります。

例えば『剣客商売』に主要登場人物(ヒロイン佐々木三冬の実父)として出てくる田沼意次のフルネームは「田沼主殿頭意次」ですが、「田沼主殿頭」とは言いません。
「主殿頭」だけです。幕閣には、主殿頭は田沼だけですから。大名も全て「**守」だけで、苗字は口に出しません。同じ官位の者は、いない。
旗本で布衣以上になった者は「**守」の名乗りが許されますが、それは大名と重複しないことが必須でした。もし、重複した場合には、身分が下の者が直ちに改称することが不文律でした。

たとえば幕末の大目付で若年寄になった永井尚志(三島由紀夫の高祖父)は玄蕃頭→主水正→玄蕃頭と変遷しています。なぜ玄蕃頭から主水正になったかというと、意次の曾孫の田沼意尊が若年寄になり、田沼玄蕃頭意尊となったからです。
玄蕃頭の重複は不可なので、主水正になり、田沼意尊の若年寄辞職に伴って玄蕃頭に復帰した、という構図です。
さて、問題は、幕府や大名家から官位を与えられていない場合の「通称」です。例えば、宮本武蔵の「武蔵」は通称で、諱ではありません。武蔵には玄信とか政名とか、様々な諱が知られていて、全部で16ほどが伝わっています。

『剣客商売』
新潮社

十六夜忍者 宮本武蔵
青松書院

私は、そこにヒントを得て、武蔵は16人いた、という設定で『十六夜忍者 宮本武蔵』という時代劇を書きましたが、もしも武蔵が1人だったとすると、敵方の呪殺を恐れて、ころころと定期的に諱を変更していたのだと考えられます。つまり、武蔵は、えらく神経質な迷信家だった……(笑)。

宮本武蔵に関しては、好村兼一さんという剣道八段の東大出のプロ作家が『行くのか武蔵』『武蔵円明の光』という2冊の武蔵物を書いておられて、確かに剣戟シーンは凄いんだけれども、通称と諱の区別が全くついていない。ゴチャ混ぜに出てくる。
武蔵には伊織という養子がいるんですが、武蔵が、この名前を考えるのに苦労したようなことが書かれているんですが、そんな馬鹿げたことは有り得ない。「伊織」は平安時代からある、武士としては最もポピュラーな名前の1つです。

行くのか武蔵
角川学芸出版

武蔵 円明の光
角川学芸出版

通称は基本的に古代の律令制(中国も含む)にあった官位の全部もしくは一部を使用します。
通称には「匠・内膳・典膳・主膳・采女・修理・外記・監物・弾正・左衛門・右衛門・左兵衛・右兵衛・伊織・帥・尹・督・弼・佐・忠・介・掾・典・郎・輔・亮・丞・助・祐・正・進・允・式部・治部・民部・兵部・刑部・織部・掃部・大蔵・大膳・大学・大炊・大夫・大輔・舎人・蔵人・隼人・木工・雅楽・玄蕃・主計・主税・主水・主殿・縫殿・図書・左馬・右馬・兵馬・兵庫・内記・内蔵」などがポピュラーなところで、これだけ列挙すると「ああ、なるほど」と思われるでしょう。
宮本武蔵の「武蔵」は国名ですが、これは「武蔵守」という国司(「守」が長官で「介」が次官、「掾」が三等官)の一部を採ったわけです。なお、武蔵のライバルと目された柳生兵庫助の「兵庫」は、古代の律令制において武器を管理していた官司で、「助」は次官です。
赤穂浪士の討ち入りのターゲットとなった吉良上野介義央は「上野国の次官」という官位なわけです。文字が変わっても「かみ」と読んだら長官(主殿頭・主水正など)で、「すけ」と読んだら次官で、「じょう」と読んだら三等官です。

女性の場合は、男性のように呪殺の対象になることは少ないのですが、それでも高位の女性は本名を隠そうとしました。
例えば、徳川二代将軍の秀忠の御台所(正室)の名前は「江」とも「督」とも伝わりますが、読みは「ごう」です。なぜ、正しい文字が分からないかというと、彼女は正しい文字が知られないように「五」と手紙に記していたからです。
また、秀吉の北政所(正室)の本名は寧々(当時、最もポピュラーな女性名)で、身分が高くなってからは寧子と改名しましたが、手紙には「ね」と一文字だけを記しています。

だから、たまに北政所の本名は「おね」などと言っている珍説を見るとシラケます。
「おね」が本名なら、手紙に書く一文字は「お」でなければ不自然。
NHK大河ドラマで沢口靖子が北政所を演じた時に「おねでございます」と自己紹介したので、それ以降は見ませんでした(苦笑)。

『失踪者』講談社

下村:作品を読んでくださってどうもありがとうございます。
『失踪者』の『真山』に関しては、打ち合わせのとき、ぱっと直感的に閃いた名前でした。担当さんには「登山家で名前が〝真の山〝は格好よすぎません?(笑)」とツッコまれましたが、フルネームが真山道弘で、親友からのあだ名が、姓名の間をとって『山道(ヤマミチ)』だったとき、「いいですね」と受け入れられました。僕自身、真ん中を取ったら『山道』だな、と偶然気づいたことから生まれたあだ名なんです。作中で『ヤマミチ』と初めて呼ばれた主人公が「あだ名の付け方のセンス、なさすだろ」と親友にツッコむシーンを描いたように、格好いいあだ名ではありませんが、だからこそリアルで(作為的ではなく)、魅力的に見えることもあるのかも、と思いながら執筆しました。気に入っていただけて嬉しいです。

名前の付け方は僕もいつも悩みます。
苗字なら『山、川、松、口、田、高、上、村』などなど、名前なら『〇一郎、〇二郎、〇太郎、〇輔、〇一、〇二、〇香、〇穂、〇子、〇美』などなど、シンプルでよく見かける漢字がついついぱっと頭に浮かびます。近々出版予定の『難民調査官』の続編では、サブの登場人物が『山口』『松井』『岩下』、『隆二』『圭一』『秋生』――とこれまた、極めて普通の名前(同姓、同名の方はすみません!)だったりします。思いつきやすい漢字を組み合わせてしまいがちなので、注意しないと、同姓や同名の脇役が自分の他の作品にも登場してしまいかねません。名前に困ったときは、色んな媒体に目を通すようにしています。新聞やスポーツ選手名鑑などで見かけた名字や名前でぴんときたものを組み合わせたり、赤ん坊の名付けサイトなどを利用したり――。
避けているのは、唯一無二のような有名人の姓や名前でしょうか。ドイツ人でベッケンバウアーなんて名付けたら、伝説的サッカー選手のイメージが付き纏ってしまいます。後は――友人・知人、付き合いがある作家や編集者の名前も、避けています。物語の中の役柄によってはぎくしゃくしそうですし(笑)。

若桜木さんがおっしゃっている、紛らわしい名前は読者として戸惑う、というお話はまさにそのとおりだと思います。僕も名前についてはデビュー前から意識していることがあります。ニュアンスが似ていたり発音が似ていたりする姓名は極力避ける、ということです。自分自身が読者として小説を読んでいるとき、名前で混乱することがしばしばありました。どういうときに覚えにくいのかを考えたところ、漢字やカタカナの雰囲気が似ているときだと気づきました。
僕は登場人物の名前を付けるとき、〝見た目〝にも差をつけるようにしています。自分がそうなのですが、読者は意外と〝姓名の見た目〝でも無意識的に名前を記憶していると思うんです。たとえば、『山口』『川田』なんて、漢字は違っても、棒を一、二本足したり引いたりしただけで同じ苗字になってしまいます(笑)。こういうとき、作中で久しぶりに名前が登場すると、読者としては、どっちだったかな、と混乱してしまうかもしれません。三文字の苗字と一文字の苗字――というように、文字数に変化を付けると、見た目の印象で区別化されて覚えやすかったりします。たとえば『長谷川信也』『村瀬誠人』という登場人物たちがいる中、『星一(はじめ)』という人物が登場したら、文字数に明らかに差があるので、記憶しやすいと思うんです。
外国人だと、スペイン舞台で『カルロス』という〝ラ行〝が目立つ名前の登場人物を出したら、別の人物は、『メンドーサ』など、〝濁音〝を使って文字数も変え、〝ラ行〝を避けるとか、ですね。話さなければ誰にも気づかれないようなちょっとした気遣いですが、意外と侮れないのではないでしょうか。

若桜木さんは時代劇を書かれているだけあって博識で、そして手厳しい(笑)。門外漢の僕には初耳のお話ばかりでした。一見難しそうでいて、とても分かりやすい説明ですね。時代劇の専門性や難しさを改めて実感しました。

若桜木:これは、しまったなあ。下村さんに、いずれ時代劇を書かせようという「陰謀」が挫折してしまいましたね(苦笑)。
『タックスヘイブン』に出てくる北朝鮮の女スパイは、下村さんの読みどおりで、冒頭の、金融マネージャーがシンガポールのホテルで転落死する事件は、こいつの仕業です。さすがはミステリー作家、読みが鋭い!(って、この程度は当たり前か(笑)。

若桜木:最近、気になっている誤字があります。かなりの作品で見受けるので、おそらく編集者も校閲マンも知らない。辞書でさえ間違っているものがあるから、嫌になります。
それは、動物の性別に関する「雌雄」の文字です。「雌雄を決する」という言葉がありますが、これは、そもそも「雌雄」の区別が付きにくいからです。旁の「隹」は「ふるとり」と言って、鳥を意味します。鳥は、一部の鳥を除けば性別が判然としない。だから、雌雄は鳥類以外に、爬虫類とか両生類などの性別が分かり難い動物に使います。
性別が歴然とした動物には「牡牝」を使います。「牡」の旁の「土」は勃起した男性器を意味します。また「牝」の旁の「ヒ」は男性器を受け入れる女性器の象形です。
「ヒ」には「密着した・近接した」という意味があり、実際に女性器は、平常時には左右の肉壁が密着しています。
これは競馬を見れば直ちに分かるんですがね。「牡馬(ぼば)」「牝馬(ひんば)」で、これを雄馬とか雌馬などと書いたら競馬ファンに嘲笑われます。なんで、皆さん気づかないんだろう? 目の前に格好の使用例があるのに。
そういえば京都には、春の天皇賞や菊花賞、エリザベス女王杯といったG1レースをやる競馬場がありますね。下村さんは、行かれます?

下村:時代劇で応募されている方のほうが僕よりうまい時代劇を書かれると思いますよ(笑)。

読みといいますか……、自殺か他殺か、という謎で本当に自殺だったら肩透かしになりかねないので大抵は殺人だろう、という極めて邪道な推測の仕方をしました、すみません(笑)<読みが鋭い!
何にしましても、『タックスヘイブン』は面白そうです。楽しみです。

『雌雄』ですか。勉強になりました。そういう語源があったんですね。僕は今まで漠然とイメージで使い分けていました。鳥で『牝』は明らかに変ですし、やっぱり鳥の場合、『雌』だろうな、と。乱歩賞応募作で闘牛ミステリーを書いたときは、『牡牛』『牝牛』でした。結果的には正しかったんですね。当時から『雄』と『牡』の違いは何だろう、と疑問に思いながら書いていましたが、今後は迷うことなく使い分けられそうです。

僕が住んでいる市には競輪場がありますが(これを言ったら住んでいる市がバレそうですね)、ギャンブルの類いはゲームの中でしか経験がありません。大損したらセーブしたところからやり直しができるんですね。何てずるい!(笑)
そういえば、つい最近も、近くに競輪場があることを知った某社の担当さんから「今度、行ってみましょうよ。一度経験したほうがいいですよ」と誘われました。

若桜木:雌雄と牡牝の使用間違いは、どうも記憶を辿ってみると、鹿に関して多い気がします。ちゃんと牡鹿半島っていう地名があるのに、そこには気が回らないのかな?

あと、下村さんは難民をテーマにされたので、お考えになったことがあると思いますが、国籍と民族の違い。日本人は、とかく、これをゴチャ混ぜにしますよね。日本国籍を取得しただけで「日本人になった」と。
でも、それは「日本国籍人になった」だけで「民族としての日本人」になったわけではない。ちゃんと区別していないと「日本は単一民族国家だ」などという大間違い発言をします。日本は単一民族国家ではない。北にはアイヌ人、南には琉球人がいるし、大勢の帰化人がいます。例えば太平洋戦争当時の外務大臣の東郷茂徳は本名が朴茂徳で、民族的には純粋の朝鮮人です。国籍は日本で、東京帝大も出ていますが。

東郷茂徳―日本を危機から救った外相
学陽書房

東郷茂徳―伝記と解説
原書房

強制連行によって朝鮮から連れてこられた――といっても、これは明治時代の朝鮮併合どころか、秀吉が行った朝鮮侵略の際に島津軍によって連れてこられた朝鮮人陶工の子孫です。
ずいぶん年月が経っていますが、陶芸技術の流出阻止の島津家の方針で「朝鮮人村」を形成して(日置郡苗代川村)囲い込まれたために朝鮮人としての純血が保たれた。

そういう点では、ブラジルに入植した日本人の内で、サンパウロに住んだ比較的裕福な日本人は、ほとんど日本人同士でしか結婚しなかったので、「日系ブラジル人」ではなくて、純粋に「日本人」です。力士の魁聖が申請して即座に日本への帰化が承認されたのは、そういう理由です。

美人女優の比嘉愛未は、見るからに「日本人ではない」美貌の持ち主ですが、それもそのはず、彼女は琉球王家の末裔ですよね。日本人の血が混じっていない純粋の琉球人なのかな、と思います。「あなたは何人ですか?」と訊かれたら、何と答えるか。
チャンスがあれば訊いてみたいです。民族で解釈するか、国籍で解釈するか。
『007』初代のショーン・コネリーがイギリス人扱いされて(国籍はイギリスですが)「俺はイギリス人じゃない、スコットランド人だ!」と激怒したのは有名な話(エリザベス女王からナイト爵に叙勲されているのに!)。スコットランドの分離独立は際どいところで成立しませんでしたが、民族と国籍で厳然とした線引きがあるのは、日本人にはピンと来ないかも、と思います。

若桜木:日本は単一民族国家ではなく、多民族国家だ、と正確に認識している人でも、「日本が多言語国家だ」と認識している人は、滅多にいません。
なぜならテレビ放送は「日本語だけ」だからです。大阪弁・京都弁は「訛り」の範疇に分類されます。たまに語義を勘違いする単語がある程度で、大筋は理解できるから。

ところが、かつて南西諸島(鹿児島から沖縄までの間の島々)にミステリー執筆のための取材に行って、常識が根底から覆りました。
東北地方だと、よく語尾が聞き取れない。ところが、南西諸島では、そういうことはなくて、明瞭に語尾まで聞き取れる。なのに、全く理解できない。そもそも理解できる単語がない。完全に他国語です。
鹿児島本土の人に徳之島の言葉を訊いたら「全く理解できない」と言っていました。
しかも島ごとに違う言語らしい。南西諸島南端の与論島から沖縄の北端が見えるほど間近なんですが、それぞれテレビで覚えた標準語を介さないと意思の疎通ができないみたいです。
アイヌ語はもちろん異言語ですが、南西諸島の言語も、こうやって見ると1島1言語で、つまり「日本は多言語国家」なんですね。

下村さんも、あっちこっち取材に行っていると思われますが、そういうカルチャー・ショック体験は、ないですか?
そうそう、私の郷里の静岡では「きゃーろが鳴くんで雨ずらよ」という歌詞の、北原白秋の『ちゃっきり節』で「ずら」が静岡方言だと思われていますが、富士川と大井川を境にして方言が変わります。伊豆では「ずら」ではなく「だら」です。しかも天城山を境にしても方言が変わって、どうも南伊豆では「だらじゃ」になるらしい。
これも、静岡を舞台に方言に忠実に物語を書こうとする人にはショックだそうです。

話は飛んで、アレクサンドル・デュマの『三銃士』の主人公のダルタニアンは、ガスコーニュというド田舎の出で、パリに着いて、訛りがヒドくて、さんざん田舎者と馬鹿にされる冒頭で有名です。
で、ちょっと興味を持って、ガスコーニュ地方の言語(これをガスコン語と言います)の会話解説書を入手したんです。そうすると、会話解説書があるくらいだから、フランス語とまるで違う。フランス語とルーマニア語よりも遠い(フランス語とルーマニア語は、けっこう似ています)。
「おいおい、これじゃ、訛りがヒドくて馬鹿にされるレベルじゃないぞ。単語以外は全く通じないはずだ」と思いました。アレクサンドル・デュマは、ひょっとしてガスコン語を知らないで『三銃士』を書いたのと違うか?(笑)。

三銃士〈上〉
偕成社

ガスコン語会話練習帳
大学書林

若桜木:ルーマニア語は、たぶんスペイン語通の下村さんでも理解できます。『ウィキペディア』からルーマニアの有名人のコマネチの紹介文を引っ張ってみます。

Nadia Elena Comăneci (n. 12 noiembrie 1961, Onești, România) este o gimnastă română, prima gimnastă din lume care a primit nota zece într-un concurs olimpic de gimnastică. Este câștigătoare a cinci medalii olimpice de aur. Este considerată a fi una dintre cele mai bune sportive ale secolului XX și una dintre cele mai bune gimnaste ale lumii, din toate timpurile, „Zeița de la Montreal”, prima gimnastă a epocii moderne care a luat 10 absolut. Este primul sportiv român inclus în memorialul International Gymnastics Hall of Fame.

ちなみに、スペイン語だと、次のようです。

Nadia Elena Comăneci (Oneşti, Rumania, 12 de noviembre de 1961) es una ex gimnasta rumana.Fue una de las primeras atletas entrenadas por Béla Károlyi. Deportivamente, conquistó nueve medallas olímpicas de las cuales cinco fueron de oro. Además fue la primera gimnasta que obtuvo una calificación de diez puntos (calificación perfecta) en una competición olímpica de gimnasia artística. También obtuvo cuatro medallas del Campeonato Mundial y doce del Campeonato Europeo. Al lado de la rusa Svetlana Khorkina, Nadia ostenta el título de tricampeona del concurso completo individual del Campeonato Europeo, además de ser bicampeona olímpica de barra de equilibrio. En campeonatos nacionales, ella fue pentacampeona del concurso completo individual.

単語のスペルが微妙に違う程度なので、辞書を引かなくても見当が付きます。定冠詞、人称代名詞、英語で言うところのbe動詞とか、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、スペイン語、ルーマニア語は酷似しています。英語のほうが、よっぽど遠い。この5言語は、日本語だと東京弁と関西弁、土佐弁ぐらいの違いなんじゃないでしょうか。薩摩弁や沖縄弁ほどは違わない気がします。

下村:国籍と民族の問題は難しいですよね。日本にアイデンティティがあって自分を『日本人』だと思っている人をわざわざ『日本国籍者』と言い換えれば、昨今の風潮では排他的だとクレームがつきそうです。とはいえ、アイデンティティが母国にある人を『日本人』と呼べば、それはそれで反発を受けるかもしれません。若桜木さんがおっしゃるショーン・コネリーのエピソードはまさにそれでしょうか。
何だか話題がデリケートな部分に入りそうですから、あまり深く掘り下げるのは避けておきますが(笑)。

取材は――実は東京がほとんどで、後は一回兵庫に行ったくらいなんです。遠方では、ラジオ出演や、書店さんへのご挨拶で、岩手と鹿児島に行ったのが今のところ最も遠くでしょうか。都市部だったため、京都駅や東京駅の近辺とほとんど変わらない景色でした。九州や東北に来た、という実感はあまりなかったです。会話も標準語の敬語でした。沖縄の友人知人もいますが、話す言葉は普通の標準語の敬語です。カルチャーギャップというものは、日本ではまだ経験がなく。
言葉といえば、最近、某社の担当さんに『食事はドレスコードがない気軽な店がいいです』とあらかじめ希望を伝えたところ、『それでは神保町の超ローカルグルメなどご案内しましょう! すごくざっかけないお店でもいいですか?』と返信があり……ん? と。実は『ざっかけない』という表現に聞き覚えがなく、調べたところ、『東京の方言。気取らない、飾らない』と出てきました。こういうときは、自分が京都人だと実感します(笑)。

買いかぶりすぎです。僕はスペイン語通というほどでは全く(苦笑)。
ですが、ルーマニア語の紹介文はたしかにぱっと見たらスペイン語に見えるほど似ていますね。
昔、スカパーで放送していたTVE(スペインの国営放送)の音楽番組で好みの曲があり、録画したものを何度も観ていたんですが……結構長くスペイン語だと思っていたら、実はイタリアの女性歌手で、歌もイタリア語でした(笑)。
スペイン語が得意な人なら、違いにすぐに気づいたでしょうけど、分からない単語や聞き取れない単語があっても当然と自覚していた僕は、歌詞の中の〝スペイン語っぽい部分〝ばかり都合よく聞き取っていたようです。〝兄弟言語〝は本当に似ていますよね。フランス語やポルトガル語に手を出してみたときは、似ているから覚えやすい箇所もあれば、似ているからこそ混乱する箇所もあり……。

若桜木:私は、てっきり下村さんは、日本全国を取材に飛び回っているものと思い込んでいました。あちこちの雪山にも登って(笑)。
無類の出不精で、家族に呆れられている私のほうが、よほどあちこちに行っていますね。
沖縄の友人知人の方がおられるのなら、1度「コテコテの沖縄弁で喋ってくれ」と注文を出すと良いですよ。
カルチャー・ショックというか、カルチャー・ギャップというか、即席で味わえるかと。

ミステリーに限らず、小説を読むと「5カ国語を使いこなす語学の天才」なんかが出てきますが、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、フランス語、ルーマニア語の5カ国語だったら、日本人が「俺は東京弁と河内弁と土佐弁と博多弁と薩摩弁が喋れるぞ」と言うのと、同レベルの気がします。その手の「方言天才」なら、芸能人には山ほどいるんじゃないですかね。

日本人が最もマスターしやすいのは朝鮮語です。語順が全く同じで、本気で取り組んだら2週間でOKじゃないですかね。今はハングルなので理解しにくいですが、あれを漢字表記に置き換えたら、たぶん、よく分かる。かなりの単語が共通。
そもそも秀吉が朝鮮を侵略した当時は、通訳が必要じゃなかったんです。だから秀吉にしてみれば、奥羽や九州に遠征するのと大して違わない感覚だった、という気がします。
日本と朝鮮の間で言葉が通じなくなった理由・原因は、海禁政策(いわゆる鎖国)のせいです。

時代考証を専門的にやっているとよく分かるんですが、江戸時代に海外に対して門戸を閉ざして、それ以降に生まれた言葉って、実は、ものすごく多いんです。
卑近なところでは「すてき」などもそうです。「すてき」は江戸時代の後期に生まれた言葉で、しかも「素敵」と漢字表記するのは昭和に入ってからなんです。

(続く)

 

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プロフィール

 

 

 

『闇に香る嘘』講談社

下村敦史(しもむら・あつし)

1981年京都府生まれ。江戸川乱歩賞に応募を続け、第53回、第54回、第57回、第58回で最終候補に残る。2014年、『闇に香る嘘』(『無縁の常闇に嘘は香る』改題)で第60回江戸川乱歩賞を受賞。最新刊は、『告白の余白(幻冬舎)』。

 

 

 

 

『ミステリー小説を書くコツと裏技』青春出版社

若桜木 虔(わかさき・けん)

1947年静岡県生まれ。『公募ガイド』誌上で18年にわたって連載を担当。NHK文化センター、よみうりカルチャー(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。これまで、40名以上の弟子をプロデビューに導いている。

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2017/4/10更新

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