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賞と顔 2014年5月

第17回 岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)

新たな視点や表現技法によって創作された芸術作品を募集。美術のジャンル意識を超え、審査員を驚かす「ベラボーな」(岡本太郎がよく使った言葉)作品が期待される。大賞受賞者には賞金200万円が贈られる。

受賞者:キュンチョメ

なにも恐れず、
ガンガン走っていく

キュンチョメ

キュンチョメ

ホンマエリ(1987年生まれ)とナブチ(1984年生まれ)による美術家ユニット。受賞作『まっかにながれる』は、あの日以来、日本に出来てしまった「立ち入り禁止区域」で3年間ずっと鳴ることのなかった、今後も鳴らないかもしれない除夜の鐘を鳴らしにいく、その映像をベースに展示構成した作品。http://kyunchome.main.jp/

「俺がなにか賞を取れるとしたらこれしかないと思ったんだよ」

と、通っていた学校の先生が懐かしげに語っていた賞、それが「岡本太郎現代芸術賞」でした。わたしは当時 20歳。東京の隅の小さな美術専門学校でその話を聞きながら「じゃあ、わたしもそれだな!」と直感しました。

ポジティブな勘違いここに極まれり。そもそも現代アートを初めて目にしたときも「ヤバい! わたしがやるべきはこれでしょ!」と確信したので、わたしの人生はほとんどこのポジティブな勘違い=直感によって成り立っているのだと思います。

その後、太郎賞以外にもさまざまな公募があることを知りましたが眼中にありませんでした。なんせわたし達(キュンチョメは二人組のユニットなのです!)は、絵も描けなければ立体も作れないし、気の利いたメディアアートのようなこともできません。もはや太郎賞以外に出せる場所は無かったのです。

そういえば、太郎賞を取ったあと何人もの人に「良かったね、他の公募では絶対無理だよ」と呪いのような祝福の言葉を数多く戴きました。しかしふと原点に立ち戻ると「賞ってなんなんだ?」という疑問がふつふつと湧いてきます。

そもそも芸術そのものが公募や賞とは真逆の部分に位置する物だという気がしてなりません。わたしにとっての芸術は、太古の人類から受け継がれる「人間ってなんだ? 生きてるってなんだ?」という超大きな問いのバトンリレーみたいなものなのです。そのリレーの最中において、賞ってやつはスタート地点でもゴール地点でもないし、足を止めてひと時の祝福を喜ぶような場所でもないと思います。

たぶんこの賞は同時代を走る〝バトンを持った人?から発せられた「さあ、進め!!」という声そのものなのです。 だったら走るっきゃないでしょ!

見ていて下さい、キュンチョメは終着点の無いこの途方も無い道を、もうなにも恐れず、ガンガン走っていきますから。  (キュンチョメ)

受賞作『まっかにながれる』(解説webより引用)

あの日、日本は確かに変わった。

年をまたぐたびにそんな気は薄れていくけど、

あの場所は未だに入る事も出来ない。

それが普通になっちゃって

でも、ぐっと拳をにぎる瞬間もあって

どうにもならないことをどうにかしたくて

2012/12/31-2013/1/1

ここには山ほどのゴミ袋があった。まるで日本の裏側みたいだった。

2013/12/31-2014/1/1

この場所の除夜の鐘は三年鳴っていない。もうしばらく鳴らないかもしれない。

なにかに遠慮しつづけるのなんて、もうゴメンなんだ

第7回 文化放送 100万円争奪!ラジオCMコンテスト

協賛広告主(16社)の課題にもとづく、20秒のラジオCMコピーを募集。最終審査は公開録音で行われる。グランプリ受賞者には100万円が贈られる。

受賞者:山根一洋

ラジオCM公募で
「ゴキゲン!」な毎日です。

やまね・かずひろ

やまね・かずひろ

1963年、兵庫県生まれ。関西学院大学卒業。会社員(ビール会社勤務)。趣味:ラジオCMコピー制作、LEGOブロック、散歩、長風呂。近況:2014年1月「エフエム徳島CMコピー大賞」大賞受賞。

え? 私がグランプリ!? リスナー大賞も!? ビール会社に勤務する素人のこの私が!? 昨年の年末に起こった出来事が、いまだに信じられないような気持ちです。

改めて、私の作品を選んでいただいた審査員の方々、熱演をしていただいた声優の方々、あたたかく応援をしてくれた友人の皆様に、この場をお借りしてお礼申し上げます。

ラジオCMコンテストの応募を始めたのは2009年からです。年末恒例の文化放送の特別番組を聴いたのがきっかけでした。あまりの面白さに衝撃を受け、自分でも作品をつくってみたくなったのです。運良く2010年には最終審査にエントリー。審査会場では、プロの声優により応募作品に命が吹き込まれていく過程を目の当たりにし、ラジオCM制作の面白さにすっかり魅了されました。それ以降ラジオCM公募への応募が私の趣味となり、文化放送をはじめ、各地のラジオ局で開催されるCMコンテストに応募するようになりました。

協賛企業の課題に沿ったラジオCMを考えること自体が楽しいのですが、この活動を通じ、うれしい「副産物」がありました。それは以下の3つです。

(1)発想体質になる! 様々な業界の企業の課題を考えることにより、視野が広がります。また、アイデアを発想しようと脳が活性化します。常に脳のストレッチは万全で、仕事にもいい影響が出ていると思います。

(2)人脈が広がる! SNSなどを通じ、コピーライターやそれを目指す方々など友人がたくさんできました。

(3)わくわくドキドキ♪ 自分が応募したコンテストの結果発表の際は、いつもわくわくドキドキします。入選すればラッキーですが、落選しても失うものはありません。このような楽しいドキドキ感が私の日常を輝かせてくれています。

(まとめ)

「こうぼ(酵母)」がおいしいビールをつくりだすように、「こうぼ(公募)」が私のおいしい日常をつくりだしています。これからも楽しみながら創作活動を続けていきたいと思います。

(やまね・かずひろ)

受賞作『グランプリ受賞作品』

協賛広告 シー・アイ・シー

男  ゴキブリが減少。略して、ゴキゲン!

M~(サンバのリズム)

男  ヒャッホー! イエーイ! アミーゴ!(大喜び)

N  害虫駆除で、ゴキゲンな毎日を!

クリーンドクター シー・アイ・シー。

第30回 織田作之助青春賞

未発表の短編小説を募集。主題、舞台は自由。織田作之助の最初の小説発表年齢にちなみ、24歳までの若者が対象。青春賞受賞者には賞金30万円が贈られる。

受賞者:藤原侑貴

書くことと読むことに対して
貪欲でありたい

ふじわら・ゆうき

ふじわら・ゆうき

1989年、東京都出身。日本大学芸術学部文芸学科卒業。4月から法政大学大学院人文科学研究科日本文学専攻に進学。趣味は読書。好きな作家は安岡章太郎。受賞作『通りゃんせ』は、自身が保健室登校をしていた中学1年生の頃の出来事を骨子として書いた作品。以下の主催ウェブサイトで発表。

織田作之助賞 発表

子供の頃から本が好きで、夢は作家になることです。そう答えられたら、どれだけいいだろうとつくづく思います。小説を書く理由として至極分かりやすいし、幼少期に読書に親しんでいれば日々の文学修行も、もっとはかどるに違いないからです。

小説を書き始めたきっかけを記憶から探り出そうとすると、何か忸怩たる思いがします。中学と高校に通っていなかったと言うと、その間にたくさん本を読み、作家を志すようになったのだと勘違いされる方もいますが、本当に赤面の至りです。何事にも熱中出来ず、ひたすら惰眠をむさぼり、流れ流されて、気が付いた時には原稿用紙の前に座っていました。そうやって、ちっぽけな自分を逆手に取る以外に方法がなかったのかもしれません。長い浪人生活の後に大学へ入ると、幼い頃から作家を目指している同級生が何人もいて、驚くと同時に畏れ多くなりました。

こんな具合なので、果たして書く意味があるのか、などとすぐに考えてしまいます。過去の記憶の断片を拾い集めて、試行錯誤しながら書くと、冷や汗をかいていることもしばしばです。言葉がうまく出てこなくて煩悶するのはしょっちゅうで、どうして俺がこんなことを、と生意気に考えてしまうときもありま す。

それでも書きたいと思うのは、嫌な汗をかきながら書き続けていると、原稿用紙のマス目を通して、喜怒哀楽の感情を飛び越えてしまう瞬間があるからです。この時、ほんの一瞬ですが、なぜか救われた気持になるのです。これは僕のような怠惰な人間には贅沢すぎるほどの感情であり、幸福な時間だと思います。その上、自分の書いたものが読まれ、評価されたとなればそれは無上の喜びです。

近頃は以前とは少し違った態度で「書く意味」について考える毎日を過ごしています。こういう道もあるんだ、と今回の受賞を機にようやく実感出来たからです。

書くことと読むことに対して貪欲でありたいと心から思います。そのためにはまだまだ修行が足りません。より一層精進していく所存です。

(ふじわら・ゆうき)

受賞作『通りゃんせ』

中学校へ登校しようと横断歩道を渡った後に聞こえる奇怪なメロディ。その歌詞は、「行きはよいよい、帰りはこわい」ではなく、「行きはこわくて、帰りはよいよい」であるべきだ、と主人公の「ぼく」は思う。教室に行かずに「保健室登校」を続ける中学生の「ぼく」を描いた作品。

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