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賞と顔 2015年3月

第13回 『このミステリーがすごい!』大賞

エンターテインメントを第一義の目的とした広義のミステリー小説を募集。選考委員は大森望、香山二三郎、茶木則雄、吉野仁。受賞者には賞金1200 万円が贈られ、受賞作は刊行される。

受賞者:降田 天

降田天

ふるた・てん

執筆担当の鮎川颯(写真右)とプロット担当の萩野瑛(写真左)の二人からなる作家ユニット。
鮎川颯 1982年、香川県生まれ。早稲田大学第一文学部総合人文学科卒業。法律事務所勤務を経て作家に。
萩野瑛 1981年、茨城県生まれ。早稲田大学第一文学部総合人文学科卒業。辞書編集プロダクションを経て作家に。
受賞作『女王はかえらない』は宝島社より好評発売中。

補い合って一人前以上の力を発揮できるよう精進したい
 小説を書くこと以上にしたいことってないなあ。鮎川がそう気づいたのが、大学生活も終わりに近づき就職について考え始めた頃でした。ならばと思い、大学の友人だった萩野を巻き込んで投稿を始めたところ、少女小説のジャンルで書かせていただけることになりました(別名義です)。
 しかしそれを続けているうち、次第に一般向けの作品を書いてみたいと思い始めました。そこで真っ先に浮かんだのが、かつて投稿したことのある『このミステリーがすごい!』大賞です。応募対象が「広義のミステリー」であることが、ミステリー通とはとても言えない私たちには魅力でした。その時は一次を通過できなかったのですが、「次回作に期待」という中に選んでいただけたので、いつかまたチャレンジしたいと考えていました。
 萩野が頭の中で温めていたネタを、鮎川にちょろっと打ち明ける。鮎川がおもしろそう、書いてみたい、と飛び跳ねる。萩野が詳細なプロットを作る。話し合って手直しし、鮎川が執筆する。互いの領分に関しては、多少の意見や要望を伝えるくらいで、基本的に口出しはしません。
 この流れはいつもだいたい同じですが、受賞作の場合はキャラクターに関する二人の認識に一部ずれがあり、応募直前に「出すのやめようか……」という事態に陥りました。とりあえず出してみようということになってから、慌ててタイトルやペンネームを考えたので、決まったのは送る前日でした。それが、まさか大賞をいただけるとは。その上、こんなにたくさんの方が祝ってくださるとは。驚きと喜び、そしてプレッシャーでいっぱいです。
 私たちは二人で一人。鮎川が作る話はびっくりするほどつまらなくて、萩野が書く文章にはむらがありすぎる、そんな足りない者同士ですが、補い合って一人前以上の力を発揮できるよう精進したいと思います。明るい話にしろ重い話にしろ、とにかくおもしろいエンターテインメントを。それが今後の目標です。
(ふるた・てん)

受賞作『女王はかえらない』

片田舎の小学校に、東京から美しい転校生・エリカがやってきた。エリカは、クラスの女王として君臨していたマキの座を脅かすようになる。伏線の張りめぐらされた、少女たちの残酷で切ない学園ミステリー。

第18回 日本ミステリー文学大賞新人賞

広義のミステリーで、日本語で書かれた小説を募集。第18 回の選考委員はあさのあつこ、笠井潔、今野敏、藤田宜永。新人賞受賞者には賞金500 万円が贈られる。

受賞者:直原冬明

直原冬明

じきはら・ふゆあき

1965年、岡山県生まれ。京都産業大学理学部計算機科学科卒業。好きな作家は横溝正史、フレデリック・フォーサイス、浅田次郎。好きなアーティストはデヴィッド・ボウイ。受賞作『十二月八日の幻影』は光文社より発売中。

トライしなければ、扉は開かない
 二年前の法事の席で、久々に会った伯母に近況を訊かれた。
 わたしは返答に窮した。
 伯母は厳しい方なので、正直に答えると、いい歳をしてなにをしているのだ、と説教されるとしかわたしには思えなかったのだ。それでも、腹をくくり、小説家の卵をしていると答えると、頑張りなさい、と伯母は穏やかな笑顔を向けてきた。
 その一ヶ月後、わたしは、応募していた賞の中間選考発表に自分の名前を見つけられなかった。
 また、落選したのだ。すでに、十年以上、アルバイトをしながらの落選生活を続けていた。
 ここらが潮時かもと考えた。
 そのとき、伯母の笑顔が思い出された。頑張りなさい、という優しい声が耳の奥で何度も再生された。
 舌の根も乾かぬうちに撤退はできない。もう少し、もがいてみるか。
 わたしは新作の準備を始めた。
 そして、今回、わたしは栄えある賞に選んでいただけた。
 あのときの伯母の言葉がなければ、この受賞はなかったかもしれない。半年前に他界した伯母にこの報告をできないのが唯一の無念である。
 さあ、皆さん、落選にへこたれず、次のトライをしましょう。継続は力なのです。
 と、わたしには言えない。
 ほんの少し、人生の歯車が違っていれば、わたしは、まだ、落選生活を続けていたはずだ。そして、将来への不安にさいなまれていたかもしれない。
 努力は報われる。それは報われたひとの言葉であり、無駄な努力で人生の回り道をしたと悔やんでいるひともいるだろう。さっさと見切りをつけて、無駄な努力をしなくてすんだと考えているひともいるはずだ。
 どれが正解なのかは、だれにもわからない。
 いくらトライしても、大多数のひとの前では扉は閉じたままだ。厳しい言葉かもしれないが、それが事実だ。しかし、トライしなければ、扉は開かない。それも事実なのだ。
 そして、トライする、トライしない、それを決められるのは、あなただけなのだ。
(じきはら・ふゆあき)

受賞作『十二月八日の幻影』

昭和16年初冬、海軍軍令部特別班に転属となった潮田三郎は、上官である渡海宗之とともに海軍の情報漏洩の捜査にあたる。浮かび上がってくるスパイの影。刻一刻と近づく日米開戦の日、12月8日。スパイを捕まえられるのか。機密は護られるのか。

第4回 ポプラ社小説新人賞

広エンターテインメント小説を募集。ポプラ社編集部がぜひ世に出したい、ともに歩みたいと考える作品、書き手を選ぶ。新人賞受賞者には賞金200 万円が贈られる。

受賞者:寺地はるな

寺地はるな

てらち・はるな

1977年、佐賀県生まれ。会社員。好きな作家は田辺聖子、姫野カオルコ、町田康。趣味は刺繍。受賞作『ビオレタ』はポプラ社より初夏発売予定。

たったひとりでもいいから誰かに伝わったらいい
 友だちがいなくて本ばかり読んで過ごしていた時期がありました。自分も書いてみたい、という気持ちはその頃からずっとありましたが、実際に書きはじめたのはほんの数年前からです。小説というものは特別な才能の持ち主が書くものだと思っていたので、私なんかとてもだめだろう、と挑戦する前から諦めてしまっていたのです。
 でも三十五歳になった時にだめでもともと、というか、結果がどうあれやってみるのは別に自由なんじゃないのかなあ、と思いはじめたというのが投稿をはじめたきっかけです。
 普段は通勤電車の中や昼休みの時間を利用して、あるいは子どもを寝かしつけた後にこっそりと台所で書いています。
 書きすすめていくうちに、これはどうしようもないし全然面白くない。書く価値が無い。もうやめたい、と思うことがしょっちゅうあるのですが、というかほぼ毎回そうなのですが、それでも必ずおしまいまで書くようにしています。途中で投げ出さない、ということだけはいちばん最初に課した自分へのルールで、今でもそれだけは守り続けています。
 そうして後から読み返して「ここを直したら、すこしはマシになるかもしれない」とちょこちょこと手を加えていくうちになんとか仕上がる、という按配で、今回賞を頂いた作品も一年半以上かけて少しずつ直したり書き加えたりしたものです。
 小説というのは言ってしまえば現実におこったことではない嘘のおはなしなのですが、それでも書く人の思いであったり願いであったりがひとかけらでもこめられているはずで、すくなくともその部分だけは嘘ではないのだと思っています。
 物語というかたちでしか語れない本当の気もち、というものもあります。たったひとりでもいいから誰かに伝わったらいい、といつでも願いながら書いています。その誰かに、これは私のための物語だ、と抱きしめてもらえるようなものを書けたら、これほど嬉しいことはありません。
(てらち・はるな)

受賞作『ビオレタ』

婚約者から別れを告げられた田中妙は、道端で大泣きしていたところを拾ってくれた菫さんの営む雑貨店「ビオレタ」で働くことに。そこでは「棺桶」なる美しい箱を売っており、お客は様々な思い出をそれに詰め、菫さんの庭に埋めていく。不器用で何事にも自信のなかった妙だが、ビオレタで出会った人々や家族との交流の中で少しずつ変化していく。

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