あおやま・ぶんぺい
1948年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一政経学部経済学科卒業。某出版社に18年勤務した後、経済関係のライターとなる。趣味はロードバイク、水泳、スコッチウイスキー、音楽。受賞作『白樫の樹の下で』は文藝春秋より刊行。

第18回 松本清張賞

ジャンルを問わない長編エンターテインメント小説を募集。選考委員は伊集院静、大沢在昌、桐野夏生、小池真理子、夢枕獏。受賞者には時計と賞金500万円が贈られ、受賞作は単行本として刊行される。

青山文平さん

世界を見る目

 第十八回松本清張賞を受賞した『白樫の樹の下で』は、私が六十一歳で“初めて書いた時代小説”です。ただし、“初めて書いた小説”では ありません。初めて小説を書いたのは四十三歳のときで、これもある純 文学ジャンルの新人賞を頂くことができました。公募、という点では、 私は二戦二勝ということになります。
 ただし、順風が吹いたのは受賞までで、その後は格闘が続きました。 なぜ、なにと、どのように格闘したのかは私自身まだ整理がついていま せんが、ともあれ、私はノーガードで日々を送ることによって文章を紡 ぎ出そうともがき、そして、十年目に力尽きたのです。
 それから八年間、私は完全に小説から遠ざかりました。“充電”など ではありません。自分を実験台にする体力・気力はもはや尽きて、もう 二度と小説を書くことはないだろうと思っていました。
 ところが、です。小説を書こうとしていた頃は、世界を小説になるか ならないかに二分して、小説にならない世界を切り捨てていたのに対し、五十も半ばになって定職もないただのジイさんになってみれば、世界は否応なくまるごと私を翻弄します。小説にならないと思い込んでいた残り半分の世界も、私はぎりぎりと生きることになったのです。
 そういう時間を生きて一年が経ち、三年が経ち、五年が経って、やがて、私は自分の目が少しは、昔よりも密になっていることを信じられるようになりました。八年ぶりに指がキーボードに向かったのは、だからだと思います。時代小説というジャンルを選んだのも、自分の目の変化を確かめるには、時代小説のようなフレームワークのしっかりした枠組みが必要と考えたからでしょう。
 幸い、それは今回、最も望ましい形で確認できたわけですが、手放し で嬉しいという気持ちはありません。昔よりはましになったとはいえ、まだまだ私の目は粗い。受賞はもっともっと目のきめを細かくしろと、私を叱咤してくれているのです。(あおやま・ぶんぺい)

受賞作

『白樫の樹の下で』

賄賂まみれの田沼時代から清廉な定信時代へ江戸幕府が開かれて180年たった、天明期、最下級の御家人で小普請組の3人の幼馴染がふりかかった状況と格闘する時代ミステリー。

くどう・みずお
1989年、北海道生まれ。北海道大学在学中。好きな作家は三浦しをん。受賞作『笑えよ』は『ダ・ヴィンチ』7月号(メディアファクトリー)に全文掲載されている。

第6回 ダ・ヴィンチ文学賞

自分の心の中にある思いを、読者の心に届く小説としてまとめた作品を募集。大賞受賞者には賞金100万円が贈られ、受賞作は書籍刊行される。

工藤水生さん

たくさんあった時間を使って
小説を書き上げた

 去年私は、就職活動をした。ニュースでしばしば見るように、百社以上受けたり、連日説明会に行ったりはしなかった。いい加減な学生では あったが、それでも一応は、した。エントリーシートを書くとき、いつ も困った。趣味、特技は何か。長所は、大学生活で得たものは何か。胸を張って「これを頑張った」と言えるものが無かった。あっても夏休みに映画のDVDを三十本観た、とかその程度だ。
 全てに落ちた。出版や書店だけではなく、銀行やITや学校事務も全 て落ちた。それでもしばらくの間は「本にかかわる仕事に就きたい」と いう思いを捨てることができなかった。読んだものが面白ければ面白い ほど、「この本にかかわりたかった」と悔しくなった。時折、物語を読みながら歯ぎしりした。しかし、それも時間と共に薄れた。気づけば、小説や漫画を遠ざけていた。これから説や漫画を遠ざけていた。これからどうすればいいのか、自分のことなのに何もわからなかった。ただ時間だけはたくさんあった。
 その時間を使って、小説を書いた。「一次選考に残ったら履歴書に書けるかも」という打算的な考えもあった。何せ胸を張れるものが何も無いのだ。応募先をダ・ヴィンチ文学賞にしたのは、就活時の第一志望がメディアファクトリーだったからだ。加えて、出版で二次面接までいったのはここだけだったので「他よりは自分に合っているかもしれない」と思った。それまで百枚以上書けたためしが無かった私が、なんとか書き上げることができたのは、これまでに読んだ本と、雑誌『ダ・ヴィンチ』のおかげである。
 今、手元に読者審査員評がある。応募した時は誰かに読まれて、まし てや感想をもらえるなんて考えていなかった。一文一文咀嚼するように 読んで思った。「まだまだだ」。このような栄えある賞を頂いて、身に余る光栄ではあるのだが、まだ胸は張れない。おごらず、かと言って卑下せず、ただ粛々と歩いていきたい。(くどう・みずお)

受賞作

『笑えよ』

高校2年の柏木葉は、同級生の橋立が同性の仲平に想いを寄せていることを知る。橋立に興味を持った葉は、「一緒に勉強しよう」と誘い、それをきっかけに3人はつながりを深めていく。

              
              

ながさわ・いつき
1969年、新潟県生まれ。映像制作会社勤務。受賞作『消失グラデーション』は角川書店より今秋刊行予定。

第31回 横溝正史ミステリ大賞

エンタテインメントの魅力あふれる力強いミステリ小説を募集。選考委員は綾辻行人、北村薫、馳星周、坂東眞砂子。大賞受賞者には賞金400万円と金田一耕助像が贈られる。

長沢 樹さん

仕事の合間の執筆、楽しんで書いた

 絵を描く。マンガを描く。小説を書く。バンドやって曲を書く。映像 を撮る。とりあえず妄想世界に浸る。
 十代の頃、「日常」的に続けていた。
 時が経ち、現在も「日常」として継続中なのが、小説書きと妄想。映 像は職業にしてしまった。
 小説は、妄想を具現化する手段としては、最適だった。だから長続き しているのかも。十代の頃は、確たる目的もないまま、垂れ流すように 「妄想」を「小説」に変換し続けた。
 当時の僕は、横溝正史独特の恐ろしくもロマンあふれる世界観に魅了 され、支配されていた。映画「犬神家の一族」など、市川崑監督が創り だした横溝正史シリーズの鮮烈なビジュアルも、僕にトラウマに近い影 響を与えていた。必然的に紡ぎだす小説はミステリが中心となった。  二十代になり、自己完結型だった、「小説を書く」という作業は、「外」を意識するものに変わった。
 公募活動の始まり始まり。
 その頃には活字、映像を問わず、ありとあらゆるジャンルの「物語」 が僕の血肉となっていたが、創作のスタンスは十代と変わらず、「傾向 と対策」なるものには見向きもせず、好きなもの、自分が読みたいものばかり書き続けた。当然のように、落選の回数を重ねた。数えてみたら楽勝で二桁だった。うーん……。
 忙しい仕事の合間の執筆で、時間的にはかなりタイトだったが、特に つらいと思うことも、焦ることもなく、「書くこと」を楽しんでいた。  受賞は青天の霹靂。たぶん奇跡。
 受賞作は横溝ワールドとは程遠い学園ミステリだが、謎とロジックの 構築には力を入れた。楽しんでもらえるかな……。

 三月十一日以降、震災報道にたずさわった。受賞を手放しに喜べない 状況にあった。今も戸惑いのほうが大きい。早く関東、東北の被災地の 方々が、憂いなく「物語」を楽しめる日常を取り戻してほしいと願って いる。
 そのときのために、少しでも読み応えある「物語」が書けるよう、精 進を重ねたいと思う。(ながさわ・いつき)

受賞作

『消失グラデーション』

とある高校の男子バスケ部員椎名康は、女子バスケ部員網川緑が、校舎の屋上から転落した場面に出くわす。しかし、転落したはずの緑の姿が突然目の前から消えた!? 自殺か、他殺か? そして彼女はどこへ消えたのか!?

              
              

とおの・りりこ
1975年、東京都生まれ。私立桜丘女子高等学校卒業。会社員。趣味は読書。好きな作家は宮本輝、村上春樹、宮部みゆき、池井戸潤、山本文緒、原尞、桐野夏生、金城一紀、宮藤官九郎。受賞作『マンゴスチンの恋人』は小学館より9月3日に刊行予定。

第12回 小学館文庫小説賞

ストーリー性豊かなエンターテインメント小説を募集。受賞者には賞金100万円が贈られ、受賞作は書籍刊行される。

遠野りりこさん

一人でも多く楽しんでもらえる小説
を書き続けたい

「趣味は?」と訊かれたら「読書」と答えます。でも実は二十歳を過ぎた頃から続けている趣味があと二つ。小説を書くことと文学賞への応募。
 同性の友人や知人たちが買い物や旅行、恋愛なんかを楽しんでいる側 で、書いた小説を応募しどきどきしているのが一番の楽しみであるとは 言いだし難く、女子を満喫する周囲に付いていけていないしこりのよう な劣等感を抱えておりました。
 ですから、応募した小説が賞をいただいた時、これまでの自分を肯定 されたようでほっとしました。私はこれで良かったのだと思えた。  作家になりたいという思いは子供の頃から漠然とありましたが、作家 になることを意識して小説を書きはじめた時、その思いは夢ではなく趣 味の延長上にある奇蹟に変わりました。
 書いてみてはじめて、自分の文章力が小説を書けるレベルに達してい ないことに気付いたんです。書きたいことが書けなかった。でも、小説 が書きたかった。イメージを形にしたい欲求は書けない事実で消えはせ ず、語彙を増やすための読書をはじめました。書くのは楽しくて、段々 と上達しているような気もして、十年続けていたら奇蹟が起こりました。
 賞を一つと文庫を二冊。それでは作家になりきれず、それでも小説が 書きたい思いは消えず、再び文学賞に応募したのが去年のこと。
『マンゴスチンの恋人』は、私に二度目の奇蹟と三冊目の本をもたらし てくれました。続けていて良かったと思えるのは幸せなことだと思いま す。自信も将来の確証もなく続けていることであれば尚更に。
 目標は作家になることでも、作家であり続けることでもなく、本とな り書店に並び一人でも多く楽しんでもらえる小説を書くこと。そこに 易々と届く才能はない。けれど、そこを目指していれば書き続けること はできる、そう思っています。(とおの・りりこ)

受賞作

『マンゴスチンの恋人』

男女共学の公立高校に通う3人の女子高生と1人の生物教師、セクシャリティとマイノリティに揺らぐそれぞれの恋の話。

              
              

バックナンバー

新着公募情報
honto