TK-プレス 其の28「下手な人は幸い」
カテゴリ:未分類
久しぶりに帰省して実家の兄と話していたら、今さらだけど、二十数年前、なぜ家業を継がずに出版社に勤めたのかと聞かれた。実際は失業中にたまたま求人誌を見て就職しただけだったのだが、適当に「本が好きだから」と言ったところ、「え? おまえ、そんなに本が好きだった?」と言われ、やはりそう思っていたかと。読書家だった兄から見れば、私など本好きではなかったのだ。
よく賢兄愚弟と言うが、しかし、筒井康隆の場合は逆で、ご本人も言っているように二人の弟のほうが才能があったそうだ。しかし、弟たちは小説家の道は選ばず、東大を出て官僚になった。一方、筒井氏は同志社に行って、その後、SF作家になった。才能あるほうはすぐに飽きてしまい、才能がなかったほうはあと伸びしたわけだ。「下手の横好き」と言うべきか、それとも「好きこそものの上手なれ」と言うべきか。いや、下手だから長く好きでいられ、好きでいられたから上手にもなれたということだろう。
逆に才能ある人は、意外と伸びなかったりする。何をやっても容易に上達してしまうので、すぐに飽きてしまい、結局、器用貧乏で終わったりする。いとうせいこう氏がそうだとは言わないが、というよりそうではないが、『ノーライフキング』という小説でデビューしながら、小説だけを極める道に進まなかったのは、氏に才能があったからだろう。少なくとも、最初の段階で「俺は小説下手だ」という思いがあれば、他の分野には手を出さなかったはずだ。もっとも凡人は手を出したくても出せないから、好きな道にこだわるしかないわけだけど。
小説やエッセイを書こうとして、どうもうまく書けないと思っている人は少なくないと思うが、なんとなく書いて、それでうまくいく人より、我ながら下手だと思える人のほうが幸福かもしれない。長く楽しめるから。実際、私の兄は成人前には小説を読むことに興味を失くしたが、私はと言えば、あれから数十年を経た今でも読み続けている。相変わらず読むのは遅いけど。(黒)
∞