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創作トレーニング実習 第20回発表

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創作トレーニング実習 第20回発表
第20回の課題は、「お手元にあるストーリーマンガを、そのまま小説にしてみましょう。完成したら元のマンガと比べてみましょう」でした。
元になったマンガが手元にないのでなんとも言えませんが、目の前の絵を文字で伝えようとしていることは分かりました。
夏目の視点で語ると、より小説っぽくなったかもしれませんね。
■第20回採用作
 夏目友人帳
                                                             村上晶子
 三人の少年たちは、水が干上がったダム底を見ていた。
 少年たちのかたわらには三台の自転車が置いてある。
 夏休みのある一日を利用してこの山奥まで散歩をしに来たのだ。釣りでもしようと道具も持ってきていたが、この干上がりようでは釣れそうにもない。
「すごいな、見ろ夏目。沈んでた村が姿を出してる」
 体格のよい少年が、細い体つきの少年――夏目に声を掛けた。
「ああ、北本。鳥居や祠まで見えるな」
「みんな水の底に沈んでたんだなー。すごいよな」
 北本と夏目の会話に西村が加わる。
 二十年前まで人々の日常があったはずのダム底は、今では古びた道路や腐りかけの家々があるだけだ。だが……夏目の視界には。
「あ、人がいる。降りられるのかな、このダム」
「え?」
「ほら、あの家の窓のところで動いて……」
「よせよ夏目」
 あんなところに人がいるはずがないだろう――。西村の夏の汗が冷や汗に変わった顔を見てしまってから、ようやく自分の見たものが『人ではない何か』であったことに気がついた。そうだ、それが要因で今まで人に遠ざけられてきたんだったと感じた瞬間、身体に重さを感じ、目の前が暗くなった。
 次に夏目が瞳に映したものは、自室の天井裏で、布団に横になっていた。いつの間にか自宅に帰っていたらしい。北本と西村が送り届けてくれたのだろう。家人にはそう重病ではないと判断されたようで冷たいおしぼりが額にのっていた。
「目を回したって、夏目? 軟弱な奴め」
 夏目の自室にある招き猫が話しかける。
「うるさいぞ。ニャンコ先生!」
 夏目が招き猫のからかいに応じる。この招き猫は、『ニャンコ先生』と夏目に呼ばれている。ニャンコ先生は自称用心棒としてこの家に住みついてしまった『妖怪』である。夏目は小さい頃から時々、変なものを見た。他の人には見えないらしいそれらは、このニャンコ先生やダム底の人影と同じく、妖怪と呼ばれるものの類であったのだろう。
「ごめんください」
 窓の外から声がする。夏目が起き上がり外を見ると、闇の中、四匹の異形のものたちが待っていた。先頭の妖怪が話し始める。
「夏目殿ですね? 我々は村と共に水底で眠っておりましたが、また水が張る前に名を返していただきたく参りました」
「水底? お前たちあの干上がったダム底の村に住んでいたのか?」
「はい。水が張ると簡単には地上に出られません」
 だから、干上がっている隙に名前を返してもらって再び水底で静かに眠りたいのだと、先頭の妖怪は言った。夏目の亡くなった祖母は、使役するため多くの妖怪の名を紙に書かせ集め『友人帳』という契約書の束を作った。孫である夏目貴志がその『友人帳』を遺品として継いで以来、今夜のように名の返還を求めて訪れる者への対応をしている。名を奪われた者は命を握られたも同じだとされている。だから夏目は、極力名の返還に応じようと努めている。
「夏目殿、名前をお返しいただき、ありがとうございました」
 そう言い残して四匹の妖怪たちは夏目の家を去っていった。名を返す行為自体は簡単である。名が書かれた紙を友人帳の中から探し出し、その紙をかんでふっと息を吐くだけでその妖怪の名前は解放される。しかしこの行為には多くの弊害がある。体力をごっそりと奪われたり、妖怪の思念に引き寄せられたりしてしまうのだ。
「疲れた……」
 夏目は再びぱたりと倒れた。
「馬鹿者。素直に返しよって。……む?」
 ニャンコ先生が鼻をひくひくさせる。
「妖怪の匂いがお前からぷんぷんするぞ」
 それはさっき四匹も妖怪が訪れてきていたからだろうと言い返したくなったが、ニャンコ先生がそれを制した。
「お前にとりついている」
「あのときか」
「心当たりがあるのか? 私のものに手を出すとは。よし、私が祓ってやろう」
 そう言ってニャンコ先生は夏目に体当たりした。影が、夏目から離れる。
                                                                (了)
(緑川ゆき作『夏目友人帳 一巻』白泉社 2012年 第四話 155ページ~161ページ)

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