作家インタビューWEB版 岸本葉子さん

2019.09.09

撮影:賀地マコト

公募ガイド10月号の特集「絶対応募したい!エッセイ公募を格付け」では、エッセイストの岸本葉子さんにご登場いただきました。
誌面に入りきらなかったインタビューをご紹介します。

岸本葉子(エッセイスト)きしもと・ようこ

1961年神奈川県生まれ。東京大学教養学部卒業後、会社勤務、中国留学を経て執筆活動に入る。食や暮らしのスタイルの提案を含む生活エッセイや、旅を題材にしたエッセイを多く発表。同世代の女性を中心に支持を得ている。俳句にも造詣が深い。

岸本先生はエッセイのほか、俳句もおやりになりますが、エッセイでも俳句でも、テーマを与えられて、パッと思いついたものを題材にすると、他の人と内容がかぶりますよね。

岸本先生

たとえば、伊香保で俳句大会をやると、「川沿いの緑に朱色の橋」という内容でみんな作るんですね。意識しないと、人の発想って似るんです。だから、最初に思いつくものには飛びつかないで、置いておくほうがいいのかなと思います。

第一発想は捨てたほうがいいということですね。

岸本先生

ほかに切り口を探して、でも、探した末に、自分に一番響いたのはあの「朱の橋だな」と思ってそこに戻るときは、最初に飛びついたときとは別の何かを見つけていると思うので、題材が同じでも、違う作品になっていると思います。

結果的に、第一発想に戻ってもいいのですね。

岸本先生

「発想と表現」というのがあって、発想で飛びついたときは表現も人と似ていると思うんですが、一巡してまたそこに戻ってきたときは、表現も深化、深くなっています。

今年は「令和」や「改元」を詠んだ句が多かったそうですね。

岸本先生

ある俳句大会では、「改元」を扱った作品がいっぱいあったなか、特選に選ばれた句はやはり「改元」を題材にしていたんです。「屈みこむ天皇終(つい)の種撰(えら)み」という句です。

解説をお願いしてもよろしいでしょうか。

岸本先生

「種撰み」は春の季語で、まず良い種を選ぶという行為です。ここに今年も収穫があるようにと祈る気持ちがあり、「屈みこむ」には老いの意味と、土に膝をついてひざまずくことを嫌がらない君主だという意味もあります。この「屈みこむ」という動詞を発見したことで、改元のときに緑の風が吹いて、といった表現とは違う表現になっています。着想が同じでも、表現の仕方によって違う句になるんだなと思います。これはエッセイについても同じことが言えると思います。

公募ガイド10月号

公募ガイド10月号では、岸本葉子さんに「エッセイの書き方」について伺っています。

公募ガイド2019年10月号
特集「絶対応募したい!エッセイ公募を格付け」

2019年9月9日発売/定価630円

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