「自由」を楽しむ

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2017.10.13

公募歴2年半にして入選回数100以上。驚異の入選確率を誇る塩田友美子さんには、どんな秘密があるのだろう。読めば自分も入選できる!?

「自由」を楽しむ

近頃、我が家で流行っているのが「めちゃくちゃなうた」です。
私が電子ピアノを適当に弾き、娘がそれに合わせて歌って踊ります。
しかし、この「めちゃくちゃにやる」というのが至難の業!
学生の頃音楽をやってきた私はこれまで、楽譜通り間違わず弾くように、と教えられてきたのです。
以前はそれが堅苦しく感じていたのに、いざ
「お好きにどうぞ」
となると、驚くほど何もできない。
規則が身体に染み込んでいて、「正しさ」から抜け出せないのです。
しかし、この傾向は私に限らないのでは。
自作の詩より、誰かの詩を暗記する日本教育の特徴があるように、そもそも自由が苦手なのです。

「めちゃくちゃなうた」では、私が歌う役割になると、さらにフリーズ状態。
まず、脈絡のない言葉を並べる難しさにぶちあたります。
「水たまりの中にあしたとびこむと今日になる~」
なんて、支離滅裂な言葉遊びを、こどもはすんなりできてしまう。
私よりもよっぽど真摯に「めちゃくちゃ」と向き合っています。
おとなにこのような発想は、まずないでしょう。
「もっとちゃんとめちゃくちゃしてよ」と、幼い娘にお叱りを受ける次第です。

公募でも、お題がしっかり限定されているものと、大半を投稿者にゆだねる場合があります。
後者だと、私は本来楽しめるはずの「自由」に苦しめられるのです。
ただ、整った文章を期待するならばプロに依頼するはず。ならば、私たち投稿者に求められているものとは一体なにか。
素人の私たちの強みは、どんなことでも試せることだと思います。
テイストを変えても、大胆な意見を取り入れても、私たちは誰にもとがめられない。
それに、日常生活で求められる規則正しさや、凝り固まった自身から抜け出せるのが、創作の魅力でもあるはず。
おそらく、公募ではプロのような正確さがなくても、その人独自の感情表現や体験などの「オリジナリティ」が求められるのではないでしょうか。
私は日々、子育て中限定の「オリジナリティ」の特訓を受けています。
そのたびに、自分の破っていない殻に気づかされるのです。

公募には自由がある。
私たちはそれを、思い切り楽しみましょう。

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