佳作「重たい空 楡考介」

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2016.01.15

第10回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「重たい空 楡考介」

冬の冷たい風の吹く夜だった。夜更けだというのに駅前の繁華街は爆々とネオンの灯りが灯っていた。
「今月の儲け分。一応確かめてくれ」
そう若い男は言い、もうひとりの襟元のはだけた大柄な男に封筒を手渡した。大柄な男は封筒の中身の札束を数えた。
「二十万にはすこし足りない」
大柄な男はいらつきを隠さなかった。吸っていた煙草をテーブルの灰皿にもみ消した。
若い男は申し駅なさそうに目のまえのテーブルに両手をつき頭をさげた。
「足りない分は何とかする。三日待ってくれ」
若い男は殴られると思いとっさに身構え。が、大柄な男は撫然とした顔付きで席を立つと大股で居酒屋を出て行った。
昼間、若い男は野球場の入り口付近に立っていた。行きかう観客に近づくとそれとなく余っているチケットはないかと声をかけた。めったに余分なチケットはなかった。だが時とすると観客からいらないチケットを譲り受け安値で買い取った。
若い男は九州から出てきた大学生だった。入学時はふつうに大学生活を送っていたものの、酒を飲む機会が度々あった。酒量は増し、千鳥足で街中を歩いていると肩がぶつかったと勤め人に喧嘩を吹っかけるようになった。
この日も居酒屋でしたたかに酒を飲んだ。酔いにまかせてひとで混み合う繁華街を肩で風を切って歩いていていた。するとむこうから黒いスーツを着くずした体格のいい男が近寄ってくる。
言いがかりをつけられて喧嘩でもするのかと思っていたら黒いスーツの男が口をひらいた。
「久しぶり、このあたりで喧嘩をしているのはお前か……」
大柄な男だった。
そう言われて若い男は酔ってはいたが自分の記憶をさぐった。地元の高校の柔道部のいかつい男に思い至った。酔っぱらってはいるものの喧嘩でこいつには勝てないと胸中にさーつと冷たいものが走った。
「ものは相談だがおれのしたで働く気はないか」
唐突なもの言いだった。
若い男は内心まごついた.
黒いスーツの男の言い分はこうだ。界隈で酒を飲むにも喧嘩をするにも歴然とした縄張りがある。俺達と対立したくなければ素直に言うことを聞け。仕事といっても大したしたことじゃない。野球場やイベント会場でチケットを安く買い叩いてそれを高値で売れ。ノルマはあるが別に大変ではない。儲けはおまえにもある。云々。
ひとり住まいのアパートにもどると若い男は布団に寝転び自分の境遇を考えた。
学校の授業もべつに楽しくはない。仲のよい仲間がいるわけでもない。自分としては酒が飲めて、時おりうさ晴らしで拳が振るえればいい。男として一旗あげるならもちろん腕力を振るうより他にない。それに儲けが自分にもあるとたしかに男は言っていた.
大柄な男と居酒屋で別れてから、足りないノルマを埋めようと次の日の夜、サラリーマンに因縁をつけて袋叩きにし財布から札束を抜き取った。
数日が経った.
朝布団から起きだした男はサンダル履きでアパートの外にゴミを出した。表には普段見かけない車がアパートからすこし離れたところに停まっていた。別に気には留めなかった。テレビをみながら朝飯を食べ大学にも行かず目宅でごろごろ過ごしていた。
玄関のチャイムが鳴った。
ドアをあけると二人組みの中年の男がアパートの玄関に立っていた。一人はジャンパーにスニーカー。もうひとりも同じ格好だったがキャプをかぶっていた。玄関先で氏名を聞かれると中年の男のひとりがこう言った。
「先日のサラリーマンへの暴行の容疑であなたを逮捕する」
男の住むアパートの外は冬のどんよりとした曇り空が広がっていた。若い男は抵抗せずそのまま二人の男に連れられて自動車に乗り込んだ。
自動車は軽いエンジン音を立ててその場から消え去った。