佳作「予見メガネ 坂倉剛」

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2016.08.15

第17回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「予見メガネ 坂倉剛」

掘り出し物はないかとオークションサイトをながめていると、奇妙な品が目についた。
「なんだ、これは」スマートフォンの液晶画面を見ながら、思わず声が出た。
〈商品名・予見メガネ。あなたも
今日から千里眼。現品限り〉
なにやら妖しげな文句に惹かれて、私は『詳しい説明を見る』をクリックした。それによると見えにくいものが見えるようになるメガネだという。遠近両用レンズを使用しているのかと思ったが、そういうことではないらしい。
現在の入札価格は五千円だった。少し迷った末、私は七千円に吊り上げた。たまたまパチンコで数万円勝ったので懐が暖かかったこともある。二日後に入札期限を迎え、そのまま私が落札した。
品物が自宅に届いた。ケースの中に説明書が入っていた。
〈このメガネは視力を矯正するものではありません。見えないものを見通せる千里眼の能力が身につきます。メガネを装着するだけで、あなたの行く手に待ち受けるさまざまな事故、病気、災難を未然に防ぐことができます〉
私はいぶかしんだ。うたい文句を額面どおりに受け取るなら、このメガネをかけると未来予知が可能になるということだが――ひと昔前のSFじゃあるまいし、そんな虫のいい話があるわけがない。
とはいえ、せっかく七千円も出して買ったのだから、試しにかけてみることにした。老眼鏡の代わりにでもなればいいと思いつつ。
かけてみてすぐに期待は裏切られた。予見メガネには度がまったく入っていなかった。「やっぱりインチキか」メガネをはずそうとした、そのとき――。
メガネのレンズが白く濁った。ちょうどラーメンやうどんの湯気で曇ったときのように。
レンズはすぐに透明になったが、さっきまでとはちがう光景が飛び込んできた。
貧相な中年男の姿が見えた。よく見るとそれは私だった。タバコを口にくわえて、ライターで火をつけようとしている。カチッという音とともに炎が出た――勢いよく。
「あっちち!」
レンズの向こうの私が大声を上げ、ライターを放り出した。口をおさえて床を転げ回る。唇を火傷したらしい。
と、またレンズが白く濁って、透明になった。景色が元に戻った。室内には私のほかに誰もいない。
「今のはいったい?」私はメガネをはずした。
テーブルに目をやる。タバコとライターが置いてあった。
ライターを手に取って仔細にながめた。炎の調節部が+に目一杯ずらしてあった。
私はゾッとした。ちょうどタバコが吸いたいと思っていたところだったのだ。もしもそのままライターを使用していたら火傷していたかもしれない。――ここまで考えて、さらにゾクリとした。まさにメガネのおかげで災難を回避できたのだ。
「本物ということなのか……?」
さらに効果を確かめるため、寝るとき以外はメガネをかけっぱなしで過ごした。
翌日、またレンズが白く濁った。車を運転中、急に視界がさえぎられたので私はあわててブレーキを踏んだ。車を路肩に寄せて停める。メガネはすぐに透明になったものの、現実とは異なる光景が映った。
男が車に乗っている。――私自身だ。道路が混雑しはじめ、渋滞にはまってしまった。
渋滞の列のうちの一台が、とつぜん速度を上げた。原因は分からない。確かなのは、その車が前の車に追突し、それがきっかけで玉突き事故が発生したことだ。
レンズの向こうの私も事故に巻き込まれた。激しい衝突音とともにフロントガラスが砕け、男は血まみれになった。その様子を映すメガネのレンズがサーッと真っ赤に染まる。
レンズの色が赤から白に変わり、やがて透明になった。現実の私はもちろん無事だった。そして確信していた。この予見メガネは本物であると。
以来、私はあらゆる災厄から逃れて幸福な人生を全うした、といいたいところだが……。
あれから私の予見メガネはしょっちゅう白く濁る。透明になるときはもう一人の私に災難が降りかかる様子が映し出され、現実世界が見えなくなった。
災難を回避しても、また別の災難が立ちふさがる。――会社の上司に怒鳴られる、同僚に嫌味を言われる、コンビニでおつりをまちがわれる、トイレの個室に入ると紙がない……。予見メガネで危険を察知するのがあたりまえになり、ほんのちょっとした摩擦にも耐えられないほど気が弱くなってしまったのだ。
知らなくていいことまで事前に見えてしまい、私はなにもできなくなった。出社もせず、外出すらしない。誰とも顔を合わさず、誰ともしゃべらない。