佳作「今夜は鍋にしよう 坂倉剛」

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2016.11.15

第20回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「今夜は鍋にしよう 坂倉剛」

「鍋のセッティングは俺にまかせてよ、父さん」
寛人は、部屋の真ん中の小卓にでんとガスコンロを置くと、その上に大きめの土鍋を乗せた。鍋の中にはすでに水が入っていた。カチッとスイッチを回して火をつける。
泰光は台所の方に目を向けた。美重子が奈々江に野菜の切り方を教えながら具材の下ごしらえをしている。
「白菜はざく切りでかまわないわ。おとうふは潰さないように切ってね。そうそう。だいぶ包丁の使い方がうまくなったわね」
「まだまだ、お母さんほどじゃないけど」
鍋の中の水がプクプク音を立てはじめた。
「母さん、まだなの? もう湯が湧くよ」
寛人が台所に向かって呼びかけた。
「今、持ってくわよ」
答えたのは美重子ではなく、奈々江の方だった。
奈々江が大皿を持って部屋に入ってきた。
皿の上にはいろんな具材が山と盛られている。白菜、しいたけ、えのきだけ、とうふ、ねぎ、はんぺん……。
つづいて美重子も現れた。やはり大皿を捧げている。こちらはタラの切り身やエビ、カキなどが並んでいた。
女二人が鍋の前に陣取ると、男はもうすることがない。美重子が場を取り仕切って具材を入れていく。
「母さん、俺も手伝うよ」
寛人が菜箸を引ったくった。
「だめよ、寛人。おとうふは後から入れないと。カキも先にいれちゃだめ。身が縮こまっちゃうわ」
けっきょくは美重子が指図することになる。
泰光と奈々江は笑ってその様子をながめていた。
やがて鍋の中は具材で埋め尽くされ、白い湯気がいい匂いとなって部屋中に立ちこめた。
「お父さん、よそってあげるね」
奈々江は泰光の小鉢に、おたまで鍋の具をバランスよく、すくい入れた。
「はい、どうぞ。熱いわよ」
「ありがとう」
泰光は照れくさそうな顔で受け取った。
順番におたまを回して、おのおの好きな物を取る。
「寛人、ちゃんと野菜も食べなきゃだめよ」
美重子が寛人の小鉢をのぞきこんで言った。
「鍋のときぐらい、いいじゃんか」
「魚とカキばっかり、そんなに入れて」
「あたしの分のカキはお兄ちゃんにあげるわ」
と奈々江が言った。
「おまえ、カキが食べられないんだっけ。お子ちゃまだな」
「失礼ね」
「奈々江、カキは美容にいいのよ」
と美重子が口を挟む。
「そうなの? じゃあチャレンジしてみよっかな」
他愛のない話をしながら、食事が進んだ。部屋の中は暖房を入れなくていいほど、あたたかくなった。
「母さん、そろそろうどんを入れようよ」
タラやカキをあらかた食べ終えた寛人が、催促する。
「そうね、そうしましょうか」
「うどんを入れるってことは締めなのか?」
と泰光が訊いた。
「そうよ」
「もう終わりか。早いな」
「延長にも応じますけど」
「いや、いいんだ」
四人でズルズルうどんをすすった。鍋はすっかり空になった。
「ああ食った、食った。満足、満足。じゃあ俺たち、そろそろ  」
寛人が玄関へ向かおうとするのを、美重子が制した。
「まだ後片づけが残ってるでしょ」
十五分後、三人は玄関先に並んで泰光に暇を告げた。美重子は三人分の小鉢や箸、それに大皿二枚の入った袋を提げ、奈々江は土鍋を重そうに持ち、寛人はガスコンロを軽々と抱えていた。
「では、私たちはこれで失礼します」
「また呼んでね、おじさん」
美重子が頭を下げ、奈々江は笑顔を見せた。
「ごっそさんでしたー」
寛人が言うと、奈々江が皮肉な調子で、
「思ったんだけど、あんたいらないわよね。鍋の中味、半分ぐらい食べちゃってさ。団欒レンタルサービスなんだから少しは遠慮しなさいよ。お客さんも、大めし食らいのバカ息子なんか来てほしくないでしょ」
「ひっでーな。お客さん、俺みたいな盛り上げ役も必要ですよね? またよろしく」
三人は帰っていった。泰光は部屋に戻った。ガランとした中、鍋を囲んだ熱気と余韻がまだいくらか残っていた。