選外佳作「どきどうき 桝田耕司」

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2016.11.15

第20回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「どきどうき 桝田耕司」

(今だ!)
N子は、水の入ったグラスを手に取り、口に運ぶ。
目の前に座った同期のS君の動きと、自らの動きを同期させる。合コンなどで親近感を増す効果があると解説されているシンクロ・ミラーリング戦法だ。
線の細い中性的な草食系男子のS君は、合コンはもちろん、アフターファイブの飲み会にはこない。お酒は飲めるらしいけど、飲んでいるところを見たことはない。
付き合いの悪いS君だが、評判は悪くない。男の上司なら、嫌われる可能性は高いが、女性管理職の多い職場では、見た目と仕草だけで圧倒的な一番人気になっている。
S君の社食ランチは、いつも魚だ。脂っこい肉は苦手らしい。だからこそ、思いついた作戦がある。
N子は食器の片づけをする時も、S君と同時に立ち上がり、自然体で横に並ぶ。
「ねぇ、S君は魚が好きでしょ。昨日ね、北海道の実家から鮭が届いたのよ。うちで石狩鍋でもしない?」
「えっ、あ、うん。はい」
あっさりと落ちた。これまでの細やかなアピールが効いていたのかもしれない。もちろん、見た目も悪くないという自負があるし、今日の化粧は百点満点だ。

今日こそはものにしてみせる。仕事を切り上げて、強引にS君を一人暮らしのマンションに連れ込んだ。
「えっ? 僕だけですか?」
「そうよ。たまにはいいでしょ」
有無を言わさず、カセットコンロをテーブルに置き、手早く用意をはじめる。
「お酒も飲めるでしょ」
甘党のS君を落とすために用意したのは、オレンジジュースにウォッカを混ぜた特製のスクリュードライバーだ。レディーキラーの異名を持つカクテルだが、今の時代は草食系男子キラーという名の方が相応しいだろう。
「どう? 面白い形の鍋でしょ。誰かに自慢したかったのよ。それでね、わかってくれそうなS君を選んだのよ」
S君の顔から、笑みがこぼれた。
「縄文時代中期の火焔土器ですね」
「すご~い! さすがは歴史博士ね」
この一言で男は落ちる。それが「すごい」という魔法の言葉だ。S君も照れている。燃え上がる炎をイメージさせる形状の土器が、N子の心を熱くさせる。
インターネットで見つけた怪しい研究所のモニターになり、手に入れた「ドキ銅器」は、珍しい形の銅製の鍋というだけではない。恐ろしいほどの科学技術を盛り込んだ恋愛の秘密兵器なのだ。
大学で考古学を専攻していたS君の話を聞きながら、調理を進める。時々、大きくうなずき「すごい」「おもしろい」を繰り返す。カクテルの追加も忘れない。
「火を入れるよ」
グツグツグツ。鍋が煮立ち、心地よい音がする。向かい合って座ったN子の胸が高まる。S君の心臓もドキドキしているはずだ。鍋が煮える時に出るグツグツという低周波を増幅させて、心臓をドキドキさせる。その結果、吊り橋効果に近い状況になり、恋に落ちる。これこそが「ドキ銅器」の真の力である。
「……ちょっと、胸が……」
S君が胸を押さえて、倒れ込んだ。顔面蒼白で、床に酒と胃液をぶちまけた。N子は、火を止めて雑巾を用意し、S君の背中をさする。
「カバンに薬が……」
心臓の動悸が治まらないそうだ。
(まさか、私のせいで……)
コップに水を入れて渡そうとしたが、S君の返事がない。何度も呼びかけたが、意識が戻らない。
N子は、慌てて救急車を呼ぶ。S君のスマホを拝借し、家と思われる番号に、連絡を入れる。
ピーポーパーポー! 救急隊員に状況を説明し、薬を見せる。
「心臓の薬ですね」
手早い処置のおかげで、S君の意識が回復した。病院で点滴をしてもらい、本人の口から心臓に持病があることを聞いた。
遅れて到着したS君の両親に挨拶をして、お礼を言われる。
罪悪感と母性本能が、N子の心に火をつけた。思いきって、二人だけでマンションにいたという既成事実を告白するが、S君だけでなく、両親の反応も良好だ。
紆余曲折したが「ドキ銅器」のおかげで、N子の望み通り、公認の仲になれたのだった。