佳作「お米の中の神様 九人龍輔」

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2017.01.15

第22回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作 「お米の中の神様 九人龍輔」

炊きたての米一粒には神様が潜んでいて、本当に困ったとき助けてくれるのだと、これは女房と子どもを殴ることしか知らないろくでなしの父親から訊いたのだが、どうやったらその神様が助けてくれるのかは何も語らないまま、父親は酔っ払って冬の川に落ちてどこかへ、たぶん地面のずっと下の底の底の、あの尻尾が矢印みたいになってる気持ちの悪いのが棲んでいるらしい場所に行ってしまったから、いまだにわからない。
だからいつもの朝と同じように細長い机で皆と一列に並んで飯を食い終わっていったん自分の「個室」に戻って手の甲についた飯粒をふとつまんでみたら中からそいつが飛び出てきたときには最初はなんだか見当もつかず、米にたかる新種の虫かと思ったのだが、人間の親指ほどのそいつがいきなり③と記された小さなプラカードを掲げてこちらを見てニッと「笑った」からには虫ではない、少なくとも何かこちらと意思の疎通がある程度できる存在ではないか、と思ってしまったとしても避難される筋合いはなかろう。どうしても文句を言いたいというのであればそれはそれでそちらの意向を尊重するのにやぶさかではないのだが、そのことはひとまずおいて、ともかく何が③なのか、これはぜひとも探り当てたいと熱烈に思うようになったのは、自然の成り行きであろうと、そう言っておこう。
親指姫、ではない、親指オヤジは、いやいや、姫と呼ぶほどには可憐でも愛らしくもなくて茹でたウインナーソーセージに針の先で目鼻を簡単につけたようなそいつだからオヤジと呼ぶことにしたのだが、プラカードを掲げた直後にプイッと姿を消してしまった。さあ、こうなると、③の意味などもう知る由もない。聞くべき当人もいなくなったのだから、今のあのあいつ、③なんてプラカードを見せていなくなってしまったのだが、いったい何だったのだろうか、と人に尋ねることもできないしで、ああ、でもここでは人に物事を尋ねること自体がご法度なので、どちらにせよ自分で考え判断し解決するしか道はないのだが、それにしても何が③なのだろう、と思うほどに、奴が床に残していった③のプラカードのつい先に人ひとりのからだが通り抜けられそうな四角い枠がいつのまにやら刻まれていてどうもそれはこの「個室」の床の下の穴にいたる入り口のようで、そこを開いて下に降りてゆけばここから脱出できる、とこれは直感的にそう信じた、あるいは信じたいと思ったのだが、何せあさってにはここから移送されてはるか沖合いに浮かぶ無人島に新たに設けられた施設に行かされて、もうそこに行ってしまったならば二度と娑婆の空気だって水だって何々だって触れることも拝むこともできなくなるという恐ろしいところだから、なんとしても今のうちにここから出たいと切に願っているのだ。
で、その四角く削られた枠の片隅に三つの長方形が描かれていて、どうしたわけか、それを見るなりこの手の指がもこもこと動いて左端の長方形の中に3という数字をなぞりだした。すると床の四角い枠が一段と際立ってきて、たとえば爪の先で枠の一辺をこじ開ければできないこともないかと思えるほどになった。もちろん思えるだけでまだ開けることはかなわないのだが、しかしまだ長方形はふたつある。ということは残りの長方形にある数字を指でなぞれば枠組みはますますはっきりしてきてついにはこれが開いて下に降りられるのではないか、ああそうか、これがお米の中の神様のお助けの方法か、ああ、ありがたや、あのクソオヤジ、ゴミオヤジの言うこともあながち嘘八百というわけではなかったな、明日が待たれる、と思ううちに日が変わり、また長テーブルでの皆との食事を終え、「個室」に帰ってわざとひと粒貼りつけておいた米粒を割ってみればまた親指オヤジの登場で、その掲げるプラカードには④と記されてあるのでさっそく床の二番目の長方形の中に4と指でなぞって書いてみれば、おう、おう、枠はもぅ際立ってはっきりしてきて、もうこちらとしてははやるこころをなだめるのに必死といった塩梅で、いよいよ移送当日の朝がやってきて、さあ、米の中の神様、あとひとつの数字、なにとぞ教えてくださいませと願う気持ちいっぱいに朝食の席に着いたら、おう、おう、どういうことだ、こんな仕打ちがあっていいのか、神も仏もあったものじゃないって、でもその神様は昨日まではちゃんといたとうのに、どうしてくれよう、おおい、神様っ。
誰か小さくつぶやくのが遠くのほうで聞こえる。
「こういうときにはよ、とろろをつけてくれてもいいんじゃないのかよ。ええ、看守さんよ、せっかくの麦飯なんだぜ」