佳作「代役やめました 高野紗友子」

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2017.02.15

第23回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「代役やめました 高野紗友子」

休み時間が終わって自分の席に戻ったとき、麻綾は途方に暮れてしまった。なぜなら、机の上にあった、四つに畳んだ紙片の中身を見てしまったから。そのせいでぼんやりして、数学の時間に当てられるという失態もしでかしてしまった。
解けない問題に、黒板の前で右往左往しながら麻綾はうらめしく思った。
ホントにあたしなの?
教団の前の席には川辺紗綾が座っていて、ぱっちりした瞳でこっちを見ている。白くて陶器みたいな滑らかな肌をしていて、あごのラインはなだらかな逆三角形の形になっている。誰から見ても、可愛い女子高生だ。
そうだ。絶対そうに決まってるよ。
麻綾は、心の中で反論した。だって、机の上の紙にはこう書いてあったから。
“コンクールへ出す写真のモデルになってほしいのです。できたら、今日の昼休みに中庭へ来て下さい”
差出人は、同じ芸術コースの三年生、岡さんだ。これも麻綾には信じられなかった。岡さんというと、麻綾たち二年生にも憧れの人で、通っただけでも
「キャーッ」
と女子たちが“黄色い声”を張り上げる。
その岡さんが私に? これは絶対間違いに決まっている。
きっと、紗綾と間違えて紙を置いたんだ。
出席番号が一番違いで、席も前後なのだから。おまけに、名前もほとんどそっくりだ。専攻も、同じ書道だし。
間違えるのも無理なし、と思う。ただ、今回だけはイヤだった。どうせなら間違えずに紗綾に声をかけてほしかった。憧れの岡さんに、爆笑されるか冷淡に扱われるかはわからないけれど、そっとしておいてほしかった。良く思われないなら、かえって知られないほうが良かった。私という存在を。
頭の中を次々考えが巡り、まとまらない。いっそ、紗綾にすべてを話して代わりに行ってもらおうかとも考えた。
でも……。何かが麻綾を押しとどめた。
逃げちゃ、いけない気がする。
昼休み、結局麻綾は一人で中庭へ行った。岡さんと、友人の江藤さんが来ていた。江藤さんは麻綾を見て驚いた顔をしたけれど、口には出さなかった。賢い人だ。
「来てくれて、ありがとう」
岡さんは、いつもの爽やかな笑顔。この人がだましているなんて信じられない。でも。
――テレビ番組の企画みたいに、大勢で陰にかくれて、私がだまされてる様子を見て笑ってるかもしれないし。
麻綾は疑心暗鬼になり、周りをキョロキョロ見回したりした。でも、そんな気配は感じられなかった。
「急に呼び出したりして、ごめん。コンクールまで日が無くて。最初、別な題材で撮ってたんだけど、やっぱり君をモデルにしたかったんだ」
岡さんが、気の毒そうな声で頼んできた。
「君に、窓拭きのポーズをしてほしいんだ。いいかな?」
彼が差し出した手を見て、麻綾は釘づけになった。雑布だ。ゾーキン。これは、紗綾ではないだろう。
「君、ガソリンスタンドでアルバイトしてるだろ? 僕、見たんだ。たまたま。女子でああいうバイトしてる子って珍しいと思って。なんていうのかな。ハードな車と向き合ってる姿が一生懸命で、カッコいいって。それで、車の窓を拭いているつもりでポーズをやってもらいたいと思ったんだ」
麻綾は、思わず岡さんの顔を見た。
「私、でいいんですね」
岡さんの顔がぱあっと輝いた。
「もちろんだよ」
横で江藤さんがにこやかにやりとりを聞いている。
カシャッ。カシャッ。
シャッターの音を背後に聞きながら、麻綾は雑布を手に、窓を拭いた。もう、誰かは関係ない。私は私のままでいいんだ。誰かの代役なんかじゃない。自信を持っていいんだ。誰かが、きっと見守っていてくれる。
カシャッ。カシャッ。
シャッター音が快いと思ったのは、おそらく生まれて初めてだった。