選外佳作「心カメラ 坂倉剛」

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2017.02.15

第23回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「心カメラ 坂倉剛」

わたしの祖父はいわゆる超能力者だったらしい。らしい(・・・)というのは、わたし自身はこの目で見ていないからだ。祖父はわたしが三歳のころに死んだ。
今、手元に祖父の形見の品がある。古い型のカメラだ。祖父はこれで摩訶不思議な芸当をやってのけたらしい。念写というやつだ。
相手の考えていることを写真に写す  そんなことがほんとうにできるのか。眉つばだとわたしは思う。否定的にとらえてしまうのは、わたしがカメラといえばデジカメしか知らないせいだろうか。
祖父の遺品の中に写真は一枚もない。念写をおこなった証拠はどこにもないのだ。祖父は念写で撮った  と称する  写真を、相手にプレゼントしていたそうだ。
小学生のころ、近所のおじいちゃんおばあちゃんからよくこんなことを言われた。
「あやねちゃんのおじいさんは、不思議な写真を撮ってくれてねえ」
そのくせ、わたしが〈不思議な写真〉なるものを見せてほしいというと、みんな決まってこう言うのだった。
「古いものだし、残っちゃいないねえ」
わたしは気になって念写について調べてみたことがあるが、そのほとんどがなんらかのトリックを用いていたようだ。わたしの祖父の場合も同様だったにちがいない。
相手が心に思っていることを見透かす。それは読心術ということだが、そもそも〈心を読む〉とはどういうことか。
祖父は相手に対して「具体的になにかをイメージしてください」とは言わなかったらしい。ただ単に「あなたの心の中をのぞかせてもらいます」と宣言したとのこと。心の中をのぞく
ここがポイントだと思われる。
祖父は事前に相手のこと  趣味や好きなもの、家族構成  を調べておいたのではないだろうか。
たとえば、となりの家の源太郎さんは九人きょうだいの長男だ。きょうだいのうちの誰かの写真をあらかじめ撮っておく。それを現像しないままカメラに入れておき、源太郎さんを〈念写〉する。その後、本人立ち会いの下で現像して「あなたの心の中を撮りました」とうそぶく。そのときにきょうだいのことを思い浮かべてはいなかったにしても、源太郎さんにきょうだいがいるのは事実だから、〈心の中を写した〉ことにはちがいない。
けっきょく、そんなことだったのだと思う。今となっては確かめようがないけれど。
ところがつい最近になって、祖父の念写したという写真が見つかった。囲碁仲間だった平作さんが亡くなったのがきっかけだ。
「この写真、お父さんの遺品を整理してたら出てきたのよ。あやねちゃんが持ってる方がいいと思って。」
平作さんの娘の幸子おばさんが、わざわざ届けてくれた。
モノクロの写真だった。白無垢を着た若い女性が、はにかんだ笑顔を浮かべている。よく見るとその女性は  わたしだった。
「これ、いったいどういうことですか?」
「あたしもお父さんからちらっと聞いただけなんだけど、なんでもあんたのおじいさんに初孫
つまりあやねちゃんね  が生まれたときに撮った写真なんですって。ネン……ネンシャっていうの? あやねちゃんの将来の花嫁姿を写したっていうんだけど」
おばさんの話を信じるなら、祖父はい一度だけ自分自身の心をのぞいて念写したことになる。だけどもちろんわたしは信じない。
丸一日ああでもないこうでもないと考えた末にたどり着いた結論は、写真に写っているのはわたしの祖母ではないかということだ。
祖父は婚礼の日に祖母の白無垢姿を撮影した。それからしばらく経ったある日。祖父と平作さんのあいだにこんな会話が交わされたのかも知れない。
「おまえの心の中をのぞいて念写してやろう」
そう言って祖父は、こっそり用意していた妻の写真を見せた。
「おどろいた。なぜ分かった?」
おそらく祖父は、平作さんが自分の妻のことが好きだったのを知っていて、わざとそんないたずらをしたのだろう。好きといってもどろどろした男女関係ではなくて、初恋の女性がわたしの祖母だったとか、その程度のことで。平作さんが娘(幸子おばさん)に「初孫うんぬん」の話をしたのは、そんな写真を持っていることをうっかり見つかって恥ずかしくなり、とっさに嘘をついたのだろう。
そうとでも考えないと、わたしが生まれたとき  ほんの二十年前  に念写したにしては写真が古すぎることの説明がつかない。
若くして結婚した祖母とはちがって、わたしは今、彼氏すらいないのだが  結婚式を挙げるならだんぜんウェディングドレスと思っていたけれど、写真を見ているうちに和装もいいかなと思ったりする今日このごろだ。