佳作「砂漠に立つ男 須堂修一」

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2017.06.15

第27回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「砂漠に立つ男 須堂修一」

その時、私は砂漠の真ん中にいた。一番近い人家でも四輪駆動車で二十四時間以上掛かる、おそらく地上で一番人里から遠い場所だ。
今から起こる事を考えるとここになった。
昼十二時、もうすぐ奴が現れる。日光を反射する白い布を全身にまといテントから出る。
わずかでも肌を露出していたら、容赦のない日光が皮膚を焼き尽くし火ぶくれを起こす。
日を遮る物の無い、灼熱の砂漠に立つ。
目の前にいきなり人が現れた。何もない空間から突然だ。東洋系の若い男、濃紺の詰襟を着ている。独特の借り上げ髪、ストレスによる過食が原因と思われる病的に太った身体。
某国の若き独裁者だ。自分に何が起こったのか分からずきょろきょろしている。
私は素早く砂漠に擬装したテントに隠れた。
ほっておけば、半日も経たずに干からびて死ぬ。それにもうすぐあれが現れる、そうすれば何もかも終わる。
そう、三ヶ月前から始まったこれが終わる。

三月前、私はいつも通り世間に憂いていた。
新聞にはありとあらゆる犯罪が並んでいる。
事故を起こした原発はどうしようもなく、政治家は与党も野党もまとめて能無しぞろい。
回りの国は核実験だの、空母艦隊だの、ミサイルだのを開発して戦争をする気満々だ。
私に力があれば、世の中を良くしてやる。
そう思うが、現実は仕事にあぶれた中年男だ、後三ヶ月で失業保険が切れる。それまでに仕事が見つからないと、今住んでいるマンションを売らないといけない。
はあ、どうしたものか。リビングで昨日スーパーの閉店間際半額セールで買っておいた海苔弁当を昼飯に食べながらため息をつく。
「あれ、何だろう」
テーブルの端に消しゴムが乗っていた。食事の前に弁当と新聞以外は片付けたのだが。不思議に思い、手に取ってみる。
『なんでも消せる魔法の消しゴム、消したい物を紙に書き、この消しゴムで消せば、その場で消える』とケースに書いてあった。
何を馬鹿な、と思ったが、まあ暇潰しになるかと、チラシの裏に「目の前の海苔弁当、食べかけ」と書いて消してみた。
消えた、確かに消えた。消しゴムで消している途中から弁当が薄くなり、消し終わると同時に目の前から消えてなくなった。
どこかに落ちていないかと、テーブルの周りを見渡したが何もない、本当に消えたのか。半信半疑で、熱いお茶を湯呑ごと消してみた。
消えた、やはり徐々に薄くなり、最後はきれいに消えて無くなった。
その後、生ごみや、壊れてそのままにしてあった電化製品やら不用品を次々と消した。
消しながら私は気づいた。これは日夜、世の中を憂いている私に誰かがもたらした、世直しの道具なのではないかと。
そうなら、その者の意思を実行しないと。
しかし無駄に使ったので、消しゴムが小さくなっている。厳選して消さなければ。
まず手始めに、某国の独裁者を消した。人間を消すのは抵抗があったが、この男の為に何十、何百万という人々が苦しんでいる、そう思って消した。だが、自分の手で人一人をこの世から消したという事実は思った以上にショックで、二度と人は消すまいと誓った。
次に世界中から鉄砲や大砲などの武器を消し去り、核兵器もすべて消す。最後に事故を起こした原発と核のゴミを消し去る。
消しゴムは小さな欠片になってしまった、あと一文字か二文字を消すのがやっとだろう。
それから三月が経った、この間マスコミは独裁者や、武器、核兵器、核のゴミが消えた話題で持ち切りだったが、私はと言うと仕事が見つからず、マンションを売る事になった。
これからどうするか、考えながらリビングで佇んでいたら、突然目の前に食べかけの海苔弁当が現れた、三ケ月前に消した弁当だ。
「熱い」
弁当を眺めていたら、膝の上に熱いお茶がかかった。これも三ヶ月前に消した物だ、熱いと言う事は消してすぐにここに現れたと言う事か。慌てて洗面所へ行き、火傷した膝を冷やしていると目の前に生ごみが現れた。
ポケットから消しゴムを取り出す。ケースの内側に『有効期限三ヶ月』と書いてあった。
その後、行く先々にゴミや不用品が現れた。消してから三ヶ月経つと、どこで消したかは
関係なく私が今いる場所に出現するようだ。
私はこれから起こる事を考え、マンションを売り払った金で行ける、人々にもっとも迷惑の掛からない場所へ向かった。

そして今、砂漠に立っている。
もう間もなくだ、世界中すべての武器、核兵器、核のゴミがここに現れる。
最後にメモ帳と消しゴムの欠片を取り出すと『憎悪』と書いて消した。たとえ三ヶ月でも、この世界から無くなる事を願って。