選外佳作「ラッキーアイテムの使い方 有賀優子」

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2017.06.15

第27回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「ラッキーアイテムの使い方 有賀優子」

壁掛け時計の短針と長針が重なったのを見届けると、私はランチバッグ片手に、外へと飛び出した。
ビルの谷間を行き交う人々に、五月の白い日差しが降り注いでいる。
思わず手をかざし見上げた青空は、いびつに切り取られた長方形で、それが私をまた悲しくさせた。
今朝のことだ。
いつもより少し早めに出勤した私は、文具ショップで買い込んだ色とりどりのそれを、一つ一つ丁寧に自分のデスクの上に並べていた。
「沢田さん、それ、どうしたんすか?」
その声に振り向くと、椎名くんが私のデスクを不思議そうに眺めて立っている。
椎名くんはこの春の人事異動で、私の部に移ってきた二年下の後輩だ。
私はこの会社に新卒入社して、今年で五年目。
気がつけば、まさごん、みさっち、あーみん、と、あだ名で呼び合う仲良し同期組は、次々と寿退社していき、私はというと、仕事も恋も宙ぶらりん。
望んで着いた仕事ではあるけれど、この会社でいったい私は何をしたかったのだろう? と、ふと心に過るようになっていた。
そんな矢先、私の前に気になる男性が現れた。それが椎名くんだった。
俄然スイッチが入った私は、彼の周辺をリサーチし始め、よく当たると噂の占いサイトを聞きつけて、すぐさまチェックした。
そこに私のラッキーアイテムは、『消しゴム』だと書かれていたのだ。
消しゴム!?
そもそも消しゴム自体、近頃めっきり使わなくなっている。私の仕事はすべてパソコン作業で、メモを取る時でさえ、ほとんどがボールペン。消しゴムで消せる類ではなく、プライベートも然り。
思い起こせば、私がまだ小さかった頃、それはとても身近な文具の一つだった。
私の大好きなスヌーピーで模られたそれをキャラクターショップで見つけた時には、珍しく母にせがんで買ってもらった。それを私は使うのが惜しくて、家の机に飾ったまま、ずいぶんと眺めていたものだ。
ともかく、今の私にはあまり縁のなくなったその『消しゴム』が、実は私に幸運をもたらす特別なアイテムということらしい。
現にこうして私は、それを介して、彼と二人きりで会話をしているではないか!
「これ、私のラッキーアイテムなの」
内心ドキドキで、答えるのすら精一杯だった私に、「それでこんなに消しゴムを何十個も買ってきたんすか? 先輩、ラッキーアイテムの使い方、間違ってませんか?」とだけ彼は言い残し、私の元から去っていった。
そんなぁ……。

――数年後――
「アケミー! フラム、ジャパン! フラム、ジャパーン!」
大木の根が所々に顔を出し、運動場と呼ぶにはまだまだ手を入れねばならない空地を、飛ぶように駆けてくる少女の姿が見えた。
屈託のないその少女の瞳は、この島の美しいエメラルドグリーンの海と、同じ輝きを讃えている。私はこの瞳を見るたび、この子たちがなによりもこの島の宝だと思わずにはいられない。
その少女の後には、段ボール箱を携えた私と同じ日本人の男性が続いた。
「アケミ、クイックリー!」
その男性から箱を受け取ると、エメラルドの少女はじれったそうに私にせがんだ。
誘われるまま荷を解くと、一斉に歓声が上がった。いつの間にか何十人もの裸足の子どもたちが、私の周りを取り巻いている。
箱の中には、画用紙やクレヨン、鉛筆など、文房具一式が入っていた。
一人の少年がおもむろに箱の中へと手を伸ばし、何かを掴むとそれを高く掲げて尋ねた。
「ホワッツ ディス?」
「これはね、イレイサー。日本では『ケ、シ、ゴ、ム』と言うの。どんなミステイクもなかったことにしてくれる、魔法の道具よ」
私はそう言うと、今度はすべての子どもたちに向かって声を張り上げた。
「エブリスィング イズ ヨアーズ! 好きなだけ持って行きなさーい!」
一段と大きな歓声がわき起こり、ある子は画用紙を手に教室中を駆けまわり、ある子は小さなそれを掌にのせ、まるで宝石でも見るかのように、夢見心地で眺めている。
その光景を一緒に見ていた男性は、私を背中からそっと抱くと、優しく耳元で囁いた。
「明美、これ、あの時の消しゴムだね」
「そう。大事な私のラッキーアイテム。一番ふさわしい使い方を見つけたから」