佳作「大掃除 常田あさこ」

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2017.07.06

第28回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「大掃除 常田あさこ」

四月からの異動が決まり、新生活に備えて大掃除をした。学生から社会人になるときにずいぶん持ち物を減らしたつもりだったが、クローゼットの中からは何年も使っていない物が次から次へと出てきた。

クローゼットの奥、大きめの段ボール箱に詰められていたのは、自分の歴史。卒業アルバム、卒業証書、表彰状。家族の写真、手帳、日記。成績表、模試の結果、今の会社の採用通知。精神的に追い込まれて泣きながら書き上げた卒業論文も入っていた。

こういった類の物たちは捨ててしまっても今の生活に支障はないのだが、いつも決心がつかなくてズルズルと持ち続けている。今までの人生、思い出したくないことも、死んでしまいたいと思ったこともたくさんあった。いっそ全て捨ててしまえばいいのに捨てられないのは、いささか女々しいと思う。

女だから、女々しくたっていいのかもしれないけれど。いや、むしろ、私には女々しさこそが必要なのかもしれない。

男女平等、女性活躍の時代とはいえ、いわゆる女らしさや女子力といったものが著しく欠如している私は、日々、息苦しさや生きづらさを感じている。

そもそも、男性と同じようにフルタイムで仕事もして、身なりにも気を配って、周囲の男性に愛想よく振る舞って、かといって女性たちから「色目を使っている」と言われない程度にはサバサバした自分を演出しなければいけないうえに、結婚して子どもを産んで、熾烈な保活競争に勝って、そうこうするうち親の介護から実家の片付け、場合によっては「墓じまい」までこなさなければいけないというのは、無理な話だ。

かといって、仕事を頑張ったからといって男性と同じ土俵に立てるわけでもなく、うっかり同期の男性より早く昇進でもしようものなら「女性の管理職を増やしたいからって、能力も実績もないのに抜擢されちゃって大変だね」などと同情され、その一方で若い女性社員たちからは「仕事に必死」「あんな風にはなりたくない」などと言われ、めんどくさいから昇進なんてしなくていいのに、などとは口が裂けても言えないから、恩着せがましい上司の前ではしおらしい態度を見せなければいけない。

結婚しない主義でもなければ、あきらめたわけでもないけれど、付き合っている相手がいないから結婚できるはずもなく。とはいえ結婚相談所に登録してまで結婚したいのかと考えれば、そこまででもなく。

絶対に子どもが欲しいわけではないけれど、出産のタイムリミットが目前に迫って「もうすぐ締め切りですよ」と言われているようなものだから、ギリギリ滑り込みセーフで間に合ううちに駆け込まなければいけないような気にもなって。

ひらたく言えば、いろんなことが嫌になった。だから、気分を変えたくて大掃除をすることにした。

カターン! という音がして足元を見ると、直径数センチ、ふっくらと厚みのある円形の物体が落ちていた。金属製のそれはすっかり冷えきっていて、つまんだ瞬間、指先が痛むほどだった。ツンと刺すようなキュンとするような痛みは、恋に似ていた。

中学校の制服に付けられていたボタンは、卒業式に男子にもらったもの。そう推察してみたものの、実のところ全く記憶になかった。手がかりを求めて思い出の詰まった箱の中を探れば、名札がひとつ落ちていた。見覚えがあるようなないような名前を口の中で反芻しながら、卒業アルバムをめくっていく。

目的の人物にたどりつく前に、自分の姿を見つけて笑う。短めの前髪は当時の流行ではあったのだが、これはさすがに切りすぎた。涙目のままページをめくると、隣のクラスにその名前を見つけた。

おとなしそうな彼は、たしか成績がよくて、県内トップの進学校へ行ったはずだ。彼からボタンをもらった記憶はやはりないけれど、名札と一緒に入っていたということは、おそらくそういうことなのだろう。

釈然としない気持ちでページをめくっていくと、最終ページに同級生たちから寄せ書きがあった。

「将来、美人になったら、僕のおよめさんになってください」

隅っこの方に、控えめに書かれた黒い文字。

お調子者のクラスメイトの顔を思い出して、小さく笑った。今の自分が「美人」と言えるのかは別にして、この言葉は今でも有効なのだろうか。

「二十年前……時効かな」

誰もいない部屋でつぶやいて、アルバムを閉じた。ボタンと名札は、ゴミ袋に入れた。