選外佳作「やり直し りょう」

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2017.07.06

第28回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「やり直し りょう」

午後二時十六分。時間通りにその電話はかかってきた。

『もしもし、俺だけど。俺』

「え? 修一かい? でも修一は……」

『そうそう修一だよ。あのさ、今事故を起こしちゃってお金が必要なんだよ。でさ……』

相手の勢いに押され、ばあちゃんは電話を切ることができない。俺がここに居なければ、電話の相手を本物の俺だと信じてしまっただろう。

「おい、修一ならここに居るぞ」

受話器を取り、俺が電話に出るとすぐに通話は切れた。

「修一、今のがあれかい? お前が言っていたオレオレ何とかってやつかい?」

「そうだよ。俺が来てなければ騙されるところだったんだからさ、気をつけてよ。じゃあね」

  何で電話がくることが分かったんだい、お前は先のことが見えるのかい、としきりに聞かれたが、本当のことを話したって信じてもらえるはずがない。俺は適当にあしらってばあちゃんちを出た。

今日ばあちゃんは、オレオレ詐欺に引っかかるはずだった。だから前もって俺が止めにきたのだ。でも詐欺のことは予知能力で知ったわけではない。全てはオークションサイトで買った、巻き戻しボタンのお陰だった。

 

それは一見、普通の呼び出しボタンだった。ファミレスなんかによく置いてある、コードレスでカチッと押すタイプに似ている。でも説明書きが普通のそれとは違って、こう書いてあった。

【このボタンをポンと押すだけで、あなたの一日が巻き戻ります】

もちろん初めは半信半疑だった。でもバイト代が出たばっかりだったし、騙されても話のネタになればいいやと勢いで買ってしまった。

しかし実際に品物が届いてみたところで、本物かどうかを試す方法は思いつかなかった。わざわざ一日を巻き戻したいと思うような出来事も、特にない。そうやって持て余しながら過ごしているときに、ばあちゃんがオレオレ詐欺に引っかかったのだ。

ばあちゃんには悪いがこれは好機と、その時初めてボタンを押してみた。するとすぐに目の前の景色がぐにゃりと揺れ、次に気がついた時はベッドの中にいた。それが今朝――オレオレ詐欺に遭う日の朝だった。ボタンは本物だったのだ。

凄い物を手に入れたと、俺は大いに浮かれた。これなら失敗を恐れる必要はないし、何かあれば一日を巻き戻してやり直せばいい。

人生、もう何も怖くはない……はずだった。

ある日のこと。外を歩いていると、ドン、という衝撃に襲われた。そして何か暖かいものが体から流れ出ているのを感じ、慌てて見ると腰のあたりから赤いものがドロドロと流れ出ていた。血だった。やがて体中を貫くような耐え難い痛みがこみ上げてきて、俺は地面に倒れ込んだ。

通り魔だった。無差別に襲い続けているらしく、あちこちから叫び声が聞こえてくる。

でも大丈夫。俺が時間を巻き戻して、またやり直せばいい。次はクラスの柔道部の奴を連れて一緒に取り押さえてやろう。

失血のためか意識が朦朧とし始めたが、震える手で何とか巻き戻しボタンを取り出した。そして最後の力を振り絞ってボタンを押したあと、気を失った。

 

目が覚めるとやはりベッドの中にいた。でも見えるのは、いつもとは違う天井。慌てて起き上がろうとするが体が重くて動けない。

もしや失敗でもして、病院に運ばれたのか。重傷を負って体が動かせなくなっているのか……。いやそんなはずはない。俺は確かにあのボタンを押したはずだ。震える手で力いっぱいに押した、あの感触だってまだ覚えている。でも何か、何かがおかしい――。

手掛かりになるものはないかと手をバタつかせると、触れる物があった。あのボタンかと思い、渾身の力を込めて持ち上げてみる。

すると思いがけず、そばで歓声が上がった。何事かと驚いていると手を叩いて喜ぶ父と母、そしてばあちゃんが俺の顔を覗き込んできた。その彼らの顔は、やけに若い。

まさか――。

見ると、俺が握っていた物は巻き戻しボタンではなく、赤ちゃん用のガラガラだった。そのまさかだった。俺の時間は十七年ほど巻き戻ってしまったのだ。

徐々に覗き込む彼らの顔がぼんやりとして、思考も鈍くなってきた。そんな中、最後に聞こえてきたのが母の声。

「あらこのボタン、何かしら。あなたちょっと押してみない?」