佳作「地球に優しく 荻野 直樹」

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2017.08.08

第29回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「地球に優しく 荻野 直樹」

もう何時間も俺は地球に向かって降り注ぐ隕石群を破壊し続けている。
ゲームの話ではない。これは現実だ。

俺は一人乗りの攻撃用人工衛星のコクピットでモニターを睨み付けながら、ひたすらに発射スイッチを押しまくっていた。
コクピットの特殊ガラス越しに、どこかの国の人工衛星が、隕石に衝突されて粉々になるのが見えた。宇宙を埋め尽くすかのようだった各国の迎撃用衛星も随分と減ってしまった。全滅するのも時間の問題だろう。

人類の最後の希望と言うべきこの作戦に世界中の国々は一致団結した。アメリカを始めとして、世界中の攻撃用人工衛星を持っている国は出せる全てを打ち上げ、持っていない国もできる限りの範囲で協力をした。人種や宗教などでいがみあっている場合ではなかった。人類滅亡の危機を前にして真の国際協調が実現したのだ。文字通り世界は一つになった。しかしそれも空しく作戦は失敗に終わろうとしている。遅かれ早かれ、俺達は宇宙ゴミとなり、地球には無数の隕石群が降り注いで、人類は恐竜達と同じ運命を辿るのだ。

それにしても突然だった。
何の前触れもなく、地球への衝突軌道上に冷酷な神の意思のように、いきなり月よりも大きい巨大隕石が出現したのである。

起動計算が繰り返され、地球への衝突が確実になると、人類は核ミサイルで隕石を破壊する決定をした。すでに核を保有している国はもちろん、疑惑を持たれていた国も秘密裡に開発を進めていたミサイルを喜んで提供した。しかしそれは地球の為というより、核ミサイルの効果を確かめたいという気持ちの方が強かったようだ。まだ人類は事の重大さを認識していなかったのだ。

何千発もの核ミサイルが巨大隕石に向けて発射され、危機は回避できたと思われたが、巨大隕石は核爆発によって、無数の隕石群に姿を変え、その全てが地球に降り注ぐ結果となってしまった。人類滅亡は解消されなかった。既に核兵器はなく通常兵器で隕石群に立ち向かうしかなかった。だがそれも空しい抵抗だったようだ。
また一台衛星が隕石に押し潰されていく。

全ての武器を使い果たしたら、俺は衛星を隕石の楯にするつもりでいた。日本人のカミカゼ的発想かも知れないがそれだけでもない。月並みなセリフではあるが、宇宙から見た地球は本当に美しい。この地球を守るためにはできるだけの事をしたい。例えそれが蟷螂の斧のような行為であっても、地球に落ちて行く隕石の数をできる限り減らしたいと俺は思うようになっていた。

いよいよその時が来た。
俺は最後に残ったパワーで、隕石群が少しでも多く衝突する位置へ移動し、そこで人工衛星を停止させた。数十秒後には機体は隕石で穴だらけとなり俺も死を迎えるのだ。その前に俺はもう一度母なる地球を眺めた。

次の瞬間、信じられないことが起きた。
北極の辺りからにょきにょきと何かが生え出してきたと思うと、どんどんと伸びて行った。人間とおなじように五本の指を持つ、巨大な腕と手のように見えた。さらに南極側からもおなじような腕が生えてきたが、こちらは手に何かを握っていた。俺は目を凝らしたが何か分からなかった。白っぽい筒状の物のようだった。両腕のような物は意外に素早く動いて、その筒のような物を、迫り来る隕石群に向けてぱっと開いた。

俺達は呆気にとられた。
信じられないことだが、どう見てもそれは超巨大なビニール傘だった。地球と俺達の乗った人工衛星をすっぽりと覆い隠し、隕石の雨を防ぐとてつもなく大きなビニール傘だったのだ。正確にはビニールではないのだろう。非常に丈夫で降りしきる隕石の大雨にもびくともしなかった。傘は隕石の大雨にもびくともしなかった。傘は隕石の雨からかなり長い時間地球を守り続け、ついに雨が止むと、二本の腕は傘を畳んで地球の中に消えて行ってしまった。

俺達は地球に戻った。箝口令が敷かれてあの出来事について語ることは厳禁とされた。
仲間の中にはあれこそ神の力だという者もいた。神が人類を救って下さったのだと。だが俺はそうは思えなかった。
あれは地球そのものの力だ。地球が生き続けたかっただけなのだ。人類はついでに生かされただけにすぎないのだ。俺にはそう思えてならなかった。
地球に戻ってから、俺はちょっと生き方を変えた。環境問題やエコについて向き合ってみることにしたのだ。大した事はできないかも知れない。でもありふれた言葉ではあるが、少しでも地球に優しくしようと思っている。命を助けられた借りを返さなくてはならないからだ。