佳作「トウキョウハナビ 須和崎たま」

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2017.09.06

第30回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「トウキョウハナビ 須和崎たま」

ササオフルのムカシフリカエルはぼくの一番好きな教科だ。
ササオフルは1000年以上も前の小さな一都市の風俗を綴った「トウキョウ」と呼ばれる文書をもう20年以上も研究している。

輪っかの中にガラスをはめ込んだ装身具メガネ、ガラケイと呼ばれる通信用おもちゃなど、毎回珍妙なトウキョウファッションを身に付けて教室に登場し、直接脳へ言葉を送ればいいのに、「すべてトウキョウスタイルで進めます」と機器を切るよう最初の授業の際に命令した。

以来生徒はササオフルの生の声を耳で聞き、コクバンなる古代遺跡のようなものにチョークという素材で書かれた文字や絵(トウキョウではマンガという)を手を動かしてノートに写し取らねばならない。せめて機器での入力を、と申し出た生徒がいたが、「トウキョウシキでない」とササオフルに即座に却下された。

手で書く訓練は受けてはいるものの、普段はまったくそんな機会はない。そのため書く行為に慣れない半分以上の生徒が2回目から出席しなくなってしまった。
ぼくとて文字は得意ではない。しかしそんな苦痛など授業の魅力の前では大したことではなくなった。

ササオフルの情熱的な口調で語られる「トウキョウ」の不思議な暮らしや文化。これまでに感じたことのないワクワクやときめきがぼくの心にあふれだし、週1回のムカシフリカエルは何よりも楽しみな時間となったのだ。
アイロン、カサ、ハイヒール、ジョソウ、バブル、シブヤ、カツラ、オタク、アイドル……。ぼくの心に強く残ったトウキョウスタイルを挙げていくと本当に切りがない。中でもぼくの心に繰り返し蘇るのはハナビ、だ。

その日ササオフルはユカタという当時の扮装を身に付け、ウチワというまるい形の紙に棒をつけたアイテムを持って登場した。
「これがトウキョウの正式なハナビスタイルです」とササオフルは話した。サラリーマンスタイル、セイフクスタイル、オタクスタイルなどある種の場所で同じ扮装を要求されることはトウキョウではよくある文化であり、ハナビタイカイと呼ばれる集まりではユカタでの参加が必須であったようだ。

「このタイカイでは何かを上に向かって打ち上げて、ハナビスタイルで集まった大勢の人々がそれを眺めるものであったようです」。

何かを打ち上げて眺める…その訳の分からなさに授業ではさまざまな説が噴出した。捧げ物である「ハナタバ」に火をつけ、高い位置のステージで歌い踊るアイドル神に投げ入れる神事である、という説。いやいや、トウキョウは高い技術と文化の一方で、「クウキガヨメナイ」「KY」などの認証が与えられるとイジメなどの制裁が行われる恐怖のジダイ、「ハナビ」とは人間の「鼻」に爆発物を詰めて空へ飛ばす制裁儀式、文書に出てくるエンジョウのことである、という説。

ササオフルは生徒から次々出てくる説に「なるほど」と頷きながら、最後こんなことを言った。「みなさんはソラというものを知っていますか」。教室中の生徒がぽかんとした顔をする。「もちろん私も見たことはありません。私たちが地下で暮らすようになってからもう500年以上ですから。人類が地上に住んでいた頃、はるか上に見えていたソラというものは実に美しかったらしく、ハナビとはどうやら夜このソラに向かって打ち上げられていたようです」。

ソラ、夜、ハナビ…。これらの言葉はぼくの中に鮮烈な印象を残した。以来ぼくはベッドで目をつむるたびにハナビの夢を見る。地面に仰向けに寝転がるぼく。目線のはる先には、一度も見たことがないはずの真っ暗なソラ。まるで飲み込まれてしまいそうな暗黒が恐ろしくて叫び声を上げそうになったとき、突然まぶしいほどの光がさく裂する。暗闇を切り裂く光、ぼくに希望を与えてくれる光。ハナビ、これがハナビ。

ぼくは世界の狭さを知らない、狭いなんて思ったこともない。でもトウキョウ、ハナビを思う時、何故だろう、ここから出ていけない寂しさが一瞬だけぼくの心に流れるのだ。