阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ミライ予測」小野多加江

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2017.11.07

第32回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ミライ予測」小野多加江

その男は、さる財閥の創業者である。破産しても数年後には富豪にもどってしまうのだから、頭が良く、勘も働き、運も強いことに違いない。そして、何といっても強みは先を見抜く力が長けていることである。先見の明で鉱業・鉄道・金融・造船業・貿易などの分野に早々に進出し、一代で財を築いたのである。

そんな男が、近ごろ悩んでいる。

ある日、腹心の部下にこう打ち明けた。

「わたしは多くの事業を立ち上げ、名声や巨万の富を得た。今や、海外にも知られる著名人だ」
「そのとおりでございます」
「だが、物足りないのだ」
「そうでございますか…」
「何か、胸躍るような、未来を創造するような誰も思いつかなかった事業を起こしたいのだ」
「はぁ…」
「思案するのだが、まったく浮かんでこないのだ。以前のようにひらめかないのだ」
「そうでしたか…」
「なにか、いい考えはないか」
「それでは優秀な人材を雇い、将来を予測さるというのは如何でしょうか」
「なんと、いい考えだ。わたしの潤沢な財力を使い、あらゆる分野の一流の研究者を集めよう。最高の研究機関を作るのだ」

早速、次の日
「来たれ、研究者! 当財閥が出資します」という新聞広告が掲載された。

数日後、医学・物理学・宇宙科学・統計学・哲学・言語学など、あらゆる学問の一流の学者を雇った。

数週間後には、研究所が動きだした。各分野の研究成果はコンピュータに入力されていった。

一か月後、コンピュータが蓄積されたデータを分析し、作成した報告書ができあがった。この報告書は『ミライ予測』と名付けられ、毎日つくられた。そして創業者の自室のプリンターから自動的に印刷されるようにプログラムされた。

報告書は
「19××年頃に実用化される乗り物一覧」
「20××年代に発現する疾病」
など多様であった。

報告書を参考にして取り掛かった事業は、どれも成功した。

まさに順風満帆であった。

だが、ある日突然、男を病が襲った。医者は
「現代の医学では治らない」
と告げた。

自室に戻ると、いつものとおり『ミライ予測』が印刷されていた。
「もう未来はない」
とつぶやきながらも、報告書に目を向けた。すると
「209×年、不老不死の新薬開発成功……宇宙旅行へ出発……」
が目に留まった。

「妙案がひらめいた」
思わず叫び、急いで腹心の部下を呼び出し、こう切り出した。

「新事業に『人体冷凍保存』があったな」
「はい、ございます」
「すぐに実用化できるか」
「法律の問題があり、手間取っております」
「そうか。では、その技術を用い、なるべく早くわたしの体を冷凍保存してくれ。期間は不老不死の薬ができる209×年までだ。それから209×年には宇宙旅行もできるようになっている。生き返ったら、すぐに旅行に行くつもりだから、切符を手配してくれ」
「はい、仰せの通りに」

早速、腹心の部下は用意にとりかかった。

そして、一か月後、その男の望むすべての準備が完了した。

その男は冷凍保存された。

その手には宇宙行の切符が力強く握られていた。

その日の夕方、いつものとおりプリンターはカタカタと音をたてて『ミライ予測』を打ち出していた。

そこにはこう記載されていた。
「207×年に消えているもの・消えている言葉……切符……」

その男の宇宙旅行は叶わないだろう。