阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「やがて来るAIの波」高橋大成

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2017.11.07

第32回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「やがて来るAIの波」高橋大成

リクルートスーツを完ぺきに着こなし、はきはきとしゃべる女子学生の背中を見送りながら、俺は手元の用紙に目を落とした。

「またボランティアだ」隣の筒井人事課長がうんざりしたようにつぶやく。俺は苦笑いを返しながら、印象を簡単に書き込み、「優・良・可・不可」の「可」に○を付けた。無意識のうちに「不可」に○が寄っている。「次でやっと最後か。さっさと終わらせよう」筒井課長が言った。俺はドアに向かって声を掛けた。「どうぞ、次の方」

入ってきたのは実直そうな男だった。

「失礼いたします」男が頭を下げ、椅子に座った。

「須山宏と申します、本日はよろしくお願い致します」
「えーどうも、須山さん。人事課の森です。こちらは課長の筒井です」

須山が丁寧に頭を下げる。

「中途採用をご希望という事で…JRにお勤めだったという事ですが」俺は丁寧に書かれた履歴越しに須山を見ながら言った。

「業務内容は具体的になんだったのでしょうか。駅員ですか?」「いえ」「運転手?」「いえ、そうではありません」

「そうすると…」俺が言いよどむと須山が答えた。

「改札で切符の検札をしておりました」
「ははあ、駅の窓口業務という事ですか?」
「いえ…切符の検札のみです」

俺と課長は顔を見合わせた。

「あの、具体的に業務内容を教えてくれますか?」俺は訊いた。

須山が少し身を乗り出した。

「自動改札で検札をしておりました」

「それはわかりましたが…つまり?」早くもペン先が「不可」の上をうろつく。

「つまりですね…」さあここからが面白いですよと言わんばかりに須山が話し出した。

「自動改札機の中に入って、投入された切符をチェックし、また差し出しておりました。あの機械の中に入っていたのです」

俺は目が点になった。課長も二の句が継げないでいる。わかりますと須山が頷く。

「信じられないでしょうが、本当です。改札機の中に入り、切符を…」

「須山さん」課長が遮った。「ここは真面目な面接会場です。冗談を言うつもりならお帰り下さい」

「冗談!?私の二十年間の勤務を冗談だとおっしゃるのですか?」
「いや、そこまで言うつもりはありませんが…でも逆の立場なら信じますか?」

「そうですよね」須山が居住まいを正した。「具体的に説明いたします。まずこんな風に改札機に横向きに入り、右手で切符を受け取り、左手で差し出します」俺と課長が呆然と見つめる中、床の上でミュージカル俳優のように須山が両腕を広げた。「受け取りから差出まで0.3秒ほどしかありません。ですからいちいち腕を動かしていては間に合わないので…」須山が内ポケットに手を入れ、切符を取り出した。「受け取りましたら、片手でこうやって…」須山が右手で切符を弓のように歪ませた。「そして弾きます」須山が微かに手を動かすと、しゅぴん、と音をたて、切符が矢のように左手にとんだ。俺と課長は同時に息を呑んだ。

「すごい、どうやったんです?」課長が腰を浮かせ興奮気味に訊く。

「この技を習得するのに五年はかかります。やり方はJRとの契約で、企業秘密です。私鉄に私のようなものはおりません」

「私鉄には無い?」「ありません。旧国鉄時代から脈々と引き継がれてきた技です」

「それで、須山さん」俺は気持ちを静めつつ言った。「それでも…退職されたわけですよね?それほどの専門技術がありながら」

「先が見えないのです、検札員には…自動化の波が、AIが、私たちにとって代わろうとしております」

「AI」
課長がつぶやいた。疑問をくみ取って俺が代わりに訊いた。

「それはつまり、電子マネーとかですよね?AIというにはちょっと、大げさな感じもしますが」

「いえ、AIです。より正確に言うと、人工知能を積んだ人型ロボットです」
「人型ロボット?」
「はい…JRはロボット検札員の導入を検討しています。今まで私たちが入っていた改札機の中に、人型ロボット検札員を代わりに入れるのです。この技は途方もない集中力を要します。我々人間は三十分ごとに交代しなければなりませんが、ロボットにその必要はありません。新宿駅や東京駅ではすでに導入されております」

俺と課長はまた顔を見合わせた。

まず何から訊けばいいのかわからなかった。