阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「セミ、主張する」嘉島ふみ市

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2017.12.07

第33回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「セミ、主張する」嘉島ふみ市

私はセミだ。地上に出て今日が七日目。私の命はこの灼熱の太陽の下で、今まさに燃え尽きようとしている。
しかし、微塵の後悔すら有りはしない。なぜなら私は七日間、全力で鳴き、全力で愛し、全力で生きたからだ。与えられた限りある時間の中で、成すべきことを全うできた。生命としてこれ以上の喜びがあろうか。
夏という、命が最も猛る季節の真ん中を走り抜けた。何事にも代えがたい素晴らしい体験だった。

諸君ら人間は、私達セミの一生を見て短いと思うだろう。七日で終わってしまう命を滑稽だとさえ思うかもしれない。セミの命を人が語るとき、そこには短命であることに対しての憐れみが常に伴う。

果たして、長く生きることが最も重要なことなのであろうか。否、そうではない。生きるということで重要なことは、生きた時間の長さではないのだ。大切なのは何を成し、何の為に生きたかということだ。つまり濃度なのだ。

逆に私は諸君ら人間に問いたい。何の為に八十年も生きるのかと。例え七日間だけの命であっても生の目的を達成し充実させるには十分な時間である。だらだらと何十年も生きるのであれば、七日間を全力で生ききることを推奨する。

しかしながらである、厳密にいうと私は七日間だけの命というわけではない。地上に出て羽化してから七日間というだけで、幼虫時代土の中で六年ほどを過ごしている。

それは、とても辛い時間だった。誰にも会うこともない真っ暗い時間の中で、土の重みには耐えられたが、孤独の重みには何度も押しつぶされそうになった。

土中で木の根から味の無い樹液を啜り、自らの成長を待つだけの日々。朝昼晩、三百六十五日、どこを切り取っても代り映えのしない生活の中、することといえばまだ見ぬ外の世界に思いを馳せることぐらいだった。

見たことは無かったが知ってはいた。私によく似ていたであろう両親から、いやそれ以前から綿々と受け継がれてきた遺伝子が、耳元で言葉にならない声で囁くのだ。外を飛び回る喜びを、パートナーを愛する歓喜を、力いっぱい鳴いた声が夏の空に響き渡る快感を。そして、外に出て七日間で私の命が尽きるということも。

地上に出る時期も、出てから何をするべきかも全ては知っていたのだが、それでも初めて土から出た時の喜びは忘れられない。

幼虫だった私の未熟な複眼に飛び込んできた、空の高い青。一斉に聞こえてきた先達の鳴き声。白い太陽を中心に成り立つ夏の迫力は、私の胸を熱くした。そして、しばらくすれば私もその夏の一部となって、空を飛び回り、BGMの一音を奏でられることに至上の喜びを感じた。

クヌギの木を駆け上がり、幼虫時代の過去を殻の中に置き去りにして、六年間の鬱積をぶち破るように白い翅を大きく伸ばす。夏の朝の風にさらされた翅は色を得て、体は成虫として完成し、重力は途切れ、そして空と私は一つになった。

あれから七日間が過ぎ、今、私は自分の命の終焉と対峙しているわけだが、後悔はない。後悔はないのだが、唯一心残りがあるとすれば私の子供たちの顔を見られないということだ。おそらく私とそっくりな顔、姿形であろうことは想像がつくのだが。

六年後、子供たちも数多の命のふるいを潜り抜け、是非この崇高なる生の喜びを味わってほしいものだ。世界は素晴らしい。子供たちも私と同様の感想を持つことを期待する。

嗚呼、時間か。意識がどろんと混濁していく。

自在だった翅が、鈍い音と共に動きを失い、飛べなくなった体が重くなる。
複眼が外側から一つづつ黒く消えていき、鮮やかだった夏の景色が、色を失い小さく細く遠くなっていく。

賑やな夏の音が聞こえなくなり、静寂の中で、私の世界がゆっくり閉じていく。

バシッ

「おい、タケシ。カブト虫、採れたか」
「ちょっと待ってシンちゃん。今、網で捕まえたから」
「ゆっくりな。ゆっくりこっち下ろせ」
「どう。シンちゃん。カブト虫入ってる」
「何だよ。セミしかいねえよ。しかもこいつ死んでる。最悪だよ」