阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作 「タイムカプセル」いとうりん

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2018.02.07

第35回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作 「タイムカプセル」いとうりん

小学校の校庭は、思っていたより小さく感じた。校庭が狭くなったのはなく、私が大人になったからだ。十二月の風に、校庭の土が舞う。マフラーを巻き直して時計を見る。

「遅い……」

小学校の卒業後に、四人でタイムカプセルを埋めた。大切なものを持ち寄って、校庭の隅に埋めた。美咲と聡とキンジと私は、休み時間も放課後も、飽きるほど一緒にいた。キンジだけが渾名で、いつも本ばかり読んでいたから二宮金次郎に因んで付けられた。

小学校が廃校になることを知り、急きょタイムカプセルを掘ることになった。集まるのは、ずいぶん久しぶりだ。ずっと終わらないと信じていた友情関係は、中学生になった途端にあっさり崩れた。美咲と聡が付き合い始めたのだ。四人の間に恋愛というものが存在するということを、受け入れられず戸惑った。ある日美咲は目を輝かせて言った。

「ねえ、佳織ちゃんとキンジも付き合えばいいのに。そうすればダブルデートできるよ」

何気なく言った言葉は、ひどく不快だった。

「やめてよ、誰がキンジとなんか付き合うか」

すぐ後ろにキンジがいるとは知らずに、私は大声で言った。キンジは聞こえなかった振りで通り過ぎたが、その日を境に私を避けるようになった。そして私たちは、そのまま中学を卒業して、それぞれ別の高校へ進んだ。結局、友情は続かないということだ。

校庭の遊具は、思い出の宝庫だ。ジャングルジム、うんてい、すべり台。聡は誰より運動が得意だった。美咲はちょっと怖がりだった。キンジはいつも順番を譲ってくれて、私はいつも笑っていた。

十分後に、ようやくスコップを持った聡と美咲が来た。ふたりは高校進学を機に別れたが、成人式で再会してまた付き合いだした。

「やっと来たな。腐れ縁カップルが」
「相変わらず口が悪いな。佳織は」
「六年ぶりね。佳織ちゃん、成人式来なかったから」
「ヒマな学生と違って、働いているもんで」
「マジで口悪い。ところで、場所憶えてる?」

鉄棒から西に三十歩、そこから南に四十歩、せーので右を向いて真正面に見える桜の木の下に埋める。それが、みんなで決めた場所だ。

私たちは、十二歳の歩幅を考慮して歩いた。桜の木が同じ場所に在ったことに感謝して、木の下を掘った。意外と深く掘っていたことに驚きながら、銀色の缶を掘り出した。それは、九年分の錆をまといながらも、ちゃんと私たちを待っていた。

「開けるか」
「ねえ、キンジの分はどうする?」
「お家に届けてあげようか」
「エロ写真とかだったらどうする?」
「キンジに限ってそれはない……たぶん」

私たちは、ここにいないキンジのことで笑いあった。聡が、ゆっくり蓋を開ける。それぞれの名前が書かれた封筒が、四つあった。

何のことはない。当時好きだったアイドルの写真や、百点のテスト、お気に入りのシュシュなどが出てきた。聡はJリーガーのカード、美咲は自分が書いたポエムに赤面した。

「キンジの開ける?」
「じゃあ、聡が開けてよ。それでもしもエロ写真だったらそのまま埋めよう」
「よし」とキンジの封筒を開けた聡の表情が変わり、一枚の紙を私に差し出した。
「手紙だ。佳織宛の手紙」
「えっ、あたし?」

飾り気のない便箋に「佳織へ」と癖のある文字で書かれた手紙だった。

『佳織へ  僕の性格からして、絶対に言えない言葉をここに残します。僕は佳織が好きです。ずっと好きでした。この先いろんな人と出会うと思うけど、この気持ちを忘れたくないのです。タイムカプセルを開けて君がこれを読んだとき、お願いだから「キモイ」とか言わないで欲しい。もっとも、そういうのも佳織らしくて好きだけどね。 キンジより』

文字が滲んで、泣いていることに気づいた。キンジの気持ちなど、考えたこともなかった。

キンジは、十七歳の夏に事故で逝ってしまった。一緒にタイムカプセルを開けることは出来ない。何も知らずにキンジを傷つけた中学生の私。もう謝ることも出来ない。

「雪だ」と美咲が手のひらをかざす。晴れた空に雪が舞う。遠い昔、小学校の帰り道にも、こんなふうに雪が降った。

「風花だよ。晴れた空から雪が降ることを、風花って言うんだ」

そう教えてくれたのは、キンジだった。物知りで優しくて照れ屋のキンジを、私たちはずっと忘れない。

三人で空を仰いだ。

「ありがとう。キモイなんて言わないよ。キンジは大切な友達なんだから」

空に向かって手を振ると、いつの間にか雪もやんだ。