阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「母のエール」円フミカ

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2018.04.09

第37回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「母のエール」円フミカ

「うー寒いっ」

ブルブルッと身震いした雄司は、ダウンジャケットのジッパーを首元まできっちりしめた。駅前商店街を冬の冷たい風が吹き抜ける。人がまばらな平日の昼下がり。バイト探し中の雄司は肉屋の前で立ち止まった。以前はバイト募集中の貼り紙が出ていたが、もうなかった。しかたない、コロッケでも食うか。薄っぺらい財布から小銭を出す。肉屋のおじさんが揚げたてのコロッケと一緒に一枚の紙きれを雄司に手渡した。

「すぐそこで福引やってるよ」

暇つぶしにちょうどいいや。そう思って抽選所へ行く。福引券を渡して八角形の赤い箱をガランと回した。

「おめでとう! 3等賞だよ。兄ちゃん、ツイてるね」

赤い法被を着たおじさんが、雄司に三千円の入った白い封筒を差し出した。

「あ、ありがとうございます」

両手で丁寧に封筒を受け取ると、ジャケットのポケットにそっとしまった。三千円か、何に使おう。そういえば、もうすぐ母の誕生日だ。何か贈ろうかな。そう思って、商店街を再び歩き始める。高校を中退してから約二年、ときどきバイトをするくらいの雄司に対し、何事にも前向きで明るい母は、怒りや心配を見せずに見守ってくれているのだ。二年前に病気で亡くなった父は消防士だった。人のために勇敢に立ち向かう父を誇りに思っていただけに、自分自身が不甲斐なく、母にも申し訳ない気持ちがある。

「しっ、声を出すな」

突然、低い声が耳元で聞こえた。と思ったとたん、見知らぬ男に路地の奥へと引きずり込まれた。

「お前、今、そこで金を手に入れただろう。よこせ」

不意に驚きと恐怖に襲われ、雄司は言われるがまま白い封筒を男に渡した。

「けっ、三千円ぽっきりか」

吐き捨てるように言うと、袖口が破れたヨレヨレのジャンパーのポケットにぐいと突っ込んだ。財布もとられたが、小銭がわずかしか入っていなくてまた男の怒りを買ってしまう。さらに雄司をじろじろ眺めまわしていた男は、

「いい服、着てるじゃねぇか」

とダウンジャケットの襟元を乱暴につかんだ。雄司はたじろいで少しのけぞった。が、男はすぐに自分のジャンパーを脱ぎながら低い声で言った。

「お前も脱げ。交換だ」

そのとき、路地の入口で誰かが叫んだ。

「おいっ、そこで何してる!」

とたんに男は反対方向へと走り去ってしまった。でも。雄司はまだジャケットを脱いでいなかったし、手には男のジャンパーを持っていて、そのポケットには取られたはずの三千円と財布が入っていた。なんとすべて無事だったのだ。そのうえ、男のジャンパーには携帯電話が入っていた。

雄司がいきさつを警察に話し、警察が携帯電話から男を割り出したことで、男は捕まった。実はは多くの強盗を繰り返していた指名手配犯で、携帯電話にこれまでの犯行の数々が記録してあったという。

後日、雄司は警察から感謝状を贈られた。感謝状……。一枚の紙切れに驚くほどの重みを感じた。これまでまったく縁がなく、まさか自分がもらうとは思っていなかったものだ。そうか、人の役に立つこと、感謝されることって、こんなに嬉しいんだ。初めて持つ感情だった。心が熱くなって、体が軽くなるような不思議な感覚。その感謝状を大事に抱えて持ち帰り、母に一部始終を話すと、母はやさしい声で言った。

「雄司、良かったね」

母の言葉はそれだけだったが、なぜか心に突き刺さった。そして、ふと母へのプレゼントを考えていたことを思い出した。そうだ、あの三千円で額を買って感謝状を贈ることにしよう。
翌日、雄司は額を手にして帰宅した。ところが、肝心の感謝状が見当たらない。家中を探したが見つからないのだ。

「ねぇ、あの感謝状、どこにある?」
「あぁ、ここよ」

母はテレビの上の壁を指して言った。そこには、すでに額に入った感謝状が飾ってあった。雄司は自分で買ってきた額を手にしたまま呆然と立ち尽くした。

「あら、雄司も買ってきたの? じゃぁ、隣に飾っとこうか」

そう言うと、母は感謝状入りの額の隣に中身の入っていない額を掛けた。

「なんか、これ、間抜けだなぁ」

雄司が苦笑いすると、母は気にするそぶりをまったく見せずに明るく言った。

「これから、ってことよ」