阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「片想い」西方まぁき

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2018.05.09

第38回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「片想い」西方まぁき

その日の私は不機嫌だった。

突出しのイカの塩辛も食べ終わらないうちに、ジョッキのビールをおかわりするナオキのピッチの速さについていけない。

店員さんがオーダーを聞きに来る度に「きれいな人ですね」とか「先輩には、もったいないっスね」とかお世辞を言われて調子に乗っているのだ。

アルバイトの子たちが調理場からチラチラと視線を送ってくるのも鬱陶しい。

酒の味など、わかるはずもない。

気の抜けたビールをちょびちょび飲みつつ俯いていると、頭上から声を掛けられた。

「いらっしゃい」

いかにも体育会系という感じの四十歳前後の店長が人懐こい笑顔で私達の顔を見比べている。

ナオキが顔を赤くして「オレの、コレで……」と言って、左手の小指を立てている。

穴があったら入りたいと思いながら、目を伏せて会釈をする。

「へぇ~」

店長が面白そうに私の顔をマジマジと見る。

「いいネタ仕入れたんだよ」

後で出すから楽しみに待ってなと言って厨房に入る店長と入れ替わりに高校生に違いないあどけない顔をした女の子が焼き鳥を山盛り乗せた皿を運んでくる。

「ちょっとオマケしときました」

ナオキがおどけた顔でお礼を言う。

バカなくせに皆に慕われているところは子供の時から変わらない。

「食えよ、遠慮なく」

ナオキがえらそうにふんぞり返る。

「いただきます……」

箸を使って焼き鳥の串を抜き、バラした肉の塊を一個一個箸でつまんでいると、ナオキが眉間に皺を寄せて大袈裟に首を横に振る。

「ノーノーノーノー!」

無造作に一本手にとり、歯でしごくように豪快に串から食べる。

「こうやって食べてこその焼き鳥でしょ!何時間もかけて串に刺し続けるオレたちの身にもなってよ」

「そっか……」

ウザイと思いながらも素直に従う。

皿の上のものがほとんどなくなった頃に店長がうやうやしく料理を運んでくる。

「ヘイ、お待ち!」

陶器の皿に盛られたのは香ばしい匂いに包まれた鮎の串焼きだった。

パリっと焼かれたヒレの先に散る粗塩の粒を見ているだけで食欲がそそられる。

ナオキがおもむろに一本手にとり、胴体の真ん中あたりをガブッとかぶりつく。

口のまわりにビールの泡をつけたまま、うまうまとむしゃぶりついている。

私も一本手にとり、ナオキの真似をして口元に近づけるが、思い直して、取り皿の上に鮎を置いて串を抜く。

それを見たナオキが、また眉間に皺を寄せてノーノーノーノーと言うのを無視して、鮎の尻尾の付け根を捻って骨を外し、頭と胴の境目を箸で抑え、指でいっきに頭を引張る。

あっという間に骨が抜けて胴体だけが残る。

私がかぶりつく様子をナオキが感心したように見ている。

「すげー一瞬芸だったな」

「こうすれば余す所なくいただけるでしょ」

「なんで知ってんだよ。今時の女子は骨付きの魚なんか滅多に食べないだろ」

「うちのお父さん、渓流釣りが趣味なの。たまに連れてってもらうことがあるんだ」

鮎を食べ終わる頃には私の機嫌もなおっていた。

店の外に出ると、ビールで火照った顔に初夏の夜風が気持ち良かった。

歩き始めてからずっと無言だったナオキが唐突に頭を下げる。

「ごめんな、今日は……」

「ん?」

「見栄張って、つい、カノジョいるって言っちゃったもんだから……」

「いいよ。鮎、美味しかったし……」

「お前の彼氏にも悪いことしたよな」

いないよ、そんなもの。

と、心の中で呟く。

ドン感なところも子供の時から変わらない。

手でビストルの形を作り、前を歩くナオキの背中にバーンと一発ぶちかます。