阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「切符」若爺かまど

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2018.09.07

第42回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「切符」若爺かまど

娘から荷物が届いた。こっちに越して来てから初めての便りだった。憮然とした態度で受け取ると、配達員はにっこりと笑って

「よかったですね、嬉しいですね」

などと言う。お前に俺たち親子の何がわかるというのか。俺は平生を保ったまま受け取りのサインをし、最後までにこにこと笑いかける配達員をしっしっと追い返す。やれやれまったく、へらへらへらへら笑いやがって、――俺の顔に何か変な物でも付いているんじゃあるまいな。洗面所に行って電気をつける。鏡の向こうから、それこそにこにこ笑い返すしかないくらい嬉しそうな笑みを浮かべた男が俺を見返している。ちくしょう、俺だ。

玄関に荷物を取りに戻ると、そのまま居間に入って机の上に置いた。すっかりぺちゃんこになった座布団めがけて胡坐をかき、そこに頬杖をつく。小ぶりな段ボール箱をじろりと睨む。睨む。ただ睨む。見れば見るほどちんまりとした箱だ。おまけになんとなく素っ気ない。気に食わん。全く連絡を寄越さないと思ったら、やっと来たのがこれか? 窓の外で鳥の鳴く声がして、そちらを見やる。窓ガラスにうっすらと、みっともなく口元の緩んだ男の顔が映っている。ちくしょう、俺だ。

 

梅雨時だった気がする。それとも台風が来た時だったろうか。とにかく、雨が降っていたはずだ。

「あたし、あんたのこと父親や思ったこと、一回もないから!」

娘は目に涙をいっぱいに溜めて、俺を睨みつけながらそう言った。俺は答えた。

「俺かってな、お前みたいな娘を産んだ覚えないわ!」

「あんたに産んでもろおた覚えないわ!」

娘の怒れるツッコミで自分の買い言葉がおかしかった事に気づき、言い負かされたような気がしてつい、手を出した。娘は出ていった。俺は一人になって、それから何日も何日も、俺の家の上には雨が降った。

娘は二度と家には帰って来なかった。だから俺が最後に娘から向けられた顔は、親に対する失望と、怒りだった。そう、俺は娘に期待をされていた。娘は俺を頼っていた。それを俺は、「そんなもん」と言って吐き捨てた。

よくある親子喧嘩なのかもしれない。ドラマでも映画でも、こんな話はいくらでもあるだろう。でも俺たちは、ついぞハッピーエンドにはなれなかった。

 

また玄関の呼び鈴がなって、俺は立ち上がると、せいぜい億劫そうに引き戸を開けた。

「はい」

「こんにちは。あら、元気ないわね」

誰かと思えば、隣に住むばあさんだ。社交的でよく喋る。俺とは正反対の、苦手なタイプの人間だった。

「何の用?」

「あのね、ぼた餅がたくさん届いたものだから、少しおすそ分けでもと思って」

「はぁ」

ばあさんがぼた餅の入ったタッパーを渡して寄越す。ぎゅうぎゅう詰めに入っているものだから、ただ餡子が詰め込まれているようにしか見えなかった。

「あら、ぼた餅はお嫌い?」

「いや、べつに……」

言いよどむ俺に、ばあさんは「そう」と言ってにっこりと笑う。それから、

「お彼岸ですからね」

そう言って去っていった。

そうか、今そんな時期か。そう思いながらタッパーを居間の段ボール箱の横に置いた。そういえば最近みんなどことなく浮足立っていたような気がする。そうか、そういうことか。

俺は娘からの荷物を開けるために、ハサミを探した。あいつは今、元気にやっているだろうか。幸せにしているだろうか。今になって、俺に何を送って来たのだろう。許してくれるのか、こんな俺を。

段ボール箱を開ける。中には、茄子とキュウリ、そして割り箸で作った、いわゆる馬と牛が入っていた。――娘よ、これはお盆だ。呆れたが、不恰好なそれを見れば見るほど、俺は嗚咽を抑えることが出来なくなった。それは、粗暴な俺たちには縁のないものだった。しかし今、娘はこういうことをするような生活をしているのだ。少々間違っていたとしても。

今にも足の取れそうな馬を手に取る。会いに行っても、いいのか? なぁ、ユウコ。

俺は一目散に表へ駆け出すと、散歩をしていた隣人を大声で呼び止めた。その鼻先にキュウリの馬を突き付ける。

「これに乗るんはどうしたらええんや? これで会いに行けるんやろ? なぁ! 娘が俺を待ってんねん! なぁ!」