阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「悲願」秋月優貴子

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2018.09.07

第42回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「悲願」秋月優貴子

真っ赤な彼岸花が咲き乱れる広大な公園墓地西Ω地区。墓参りの家族連れでごった返している。高速巡回バスから、墓参者とともにひときわヨボヨボの老夫婦が一組降りてきた。

「やれやれ、墓にたどり着くのに一時間もかかってしまったな。おまえ疲れてないかい」

「疲れてなんかいやしませんけれど……わたしね……お墓参りすること自体に飽きました」

「しーっ。罰当たりなことを言ってはいかん」

人さし指をつぼんだ唇に当てて妻を戒めた。

「あなただって、同じこと思っているくせに」

シワシワの両頬を膨らませて夫をにらんだ。

「春と秋の彼岸とお盆で三回、父母と太郎の命日で三回、年に六回は来ているから――」

「この二百年で千二百回、今日で千二百回目」

「え、せんにひやくー。そりゃー飽きるわな」

彼は、<太郎二〇七五年九月九日九十才>以降故人名が記されていない墓誌を感慨深げに眺めると、備え付けのシャワーで水をかけた。

「こんなに何度もお参りしているのに、あちらからは一向にお迎えに来てくださらないわ」

彼女が自動点火装置に線香の束をかざすと、赤い炎が立ち上って、まるで彼岸花の花束のようになった。手であおいでも火は消えない。眉毛が焼ける。とうとう赤い炎を素手で握りつぶして消火し、線香立ての穴に差し込んだ。

「おまえ……手が黒焦げになっておるぞ」

「こんなのマイティー軟膏を塗れば治ります」

「そのファンの風で火を消せばよかったのに」

と、夫は老妻の顔から目をそらして呟いた。

「それがイヤなの。なんでもかんでも機械任せにするから、死にたくても死ねないんだわ」

「この間の心臓発作のときも、わしは最新蘇生器で見事に救命された。後遺症も全くない」

「あなたが心肺停止に陥るたびに、自分だけ先に死のうとしてズルイって思っちゃいます」

「あのときわしは三途の川の向こう岸を目指して、それはもう死に物狂いで泳いでおった」

「いつもながら、瞬く間に救急隊が駆けつけて、ものの三分で蘇生されていましたわね」

「この世に連れ戻されるたびに水泳の腕はぐんと上がった。死にさえすれば、ゼッタイに彼岸まで泳ぎ切って帰って来ない自信はある」

「自分だけ強化訓練なんかしちゃってズルイ」

「おまえが脳梗塞になったとき、あの人工脳血管を移植してもらったのはよくなかったな」

「そう、あれは判断間違いだったと今でも後悔しています。もう脳梗塞では死なないから」

「わしのように自分の古臓器のままでおれば、たとえ時々救命されても、死ぬチャンスさえ来れば死ねる。人工心臓にしなくてよかった」

「自分が先に死ぬことばっかり企んでズルイ」

「おまえは頭脳明晰ボケ知らず。よいことだ」

「でもなんにも忘れられないのって辛い……」

彼女は、太郎も眠る墓石を、子どもの頭のように撫でながら、しんみりと声を震わせた。

「今ならあんなウイルスで死んだりしないな」

「次々に新型が出てくるから分かりませんわ」

「ああ、早く彼岸にゴールインして、あちらにいる太郎や父さん母さんに会いたいものだ」

「そのためにも、若返りの治療や再生手術だけは、ゼッタイにやらないでおきましょうね」

「そんなこと、わかってる、わかってるって」

「うそ! きれいな女医さんに勧められて頭の毛の植毛手術をうけようとしていたくせに」

「いやあれは、五万本十年保証、今なら五十パーセント引きにしますからお得だって――」

「あなたの禿げ頭に五万本植えたぐらいじゃ焼け石に水。もともと頭髪の寿命は十年だし」

「植毛ぐらいなら延命には影響ないと思った」

「自分だけ若作りのまま死のうとしてズルイ」

彼が禿げ頭に手を当てて苦笑いしていると、突然、墓地の賑わいを掻き消すようなサイレンが鳴り、女の声の緊急アナウンスが流れた。

「交戦中のピース国が首都に超新型爆弾を投下した模様。約三分後には放射線が当園に到達予定です。被害状況は不明。念のため、各ご家族のお墓シェルターに避難してください」

人々は「またか」「興醒めするなあ」「おはぎは中で食べよう」などと不平を漏らしながらも沈着にタッチパネルを操作し、墓石をスライドさせて地下シェルターに入って行った。

隣の墓では、入室を嫌がっていた男の子も、母親の「中でゲームし放題よ」の一声で、「じゃあ入る」と言うことをきいた。父親が老夫婦に向かって、お先、と会釈し、シェルターの中に姿を消すや否や、墓石は無音で閉じた。

「皆様、早くシェルターに避難してください。西Ω地区に、まだ生命反応が認められま――」

彼は妻の手を引いて墓石の後ろに回った。

「ここは生命体監視装置の死角になるはずだ」

「あなた! 調べておいてくださったのね!」

彼女は夫の手を強く握り返して微笑んだ。二人は墓石に張り付くようにして腰をおろす。

「これでやっと二人で三途の川を泳ぎ切ることができるな。彼岸まで、息継ぎはなしだぞ」

さーっと、白黒モノクロに変色する彼岸花。

「ヒ……ガ……ン……タッ……セ……イ……」

寄り添う二人は同時にガクンと頭を垂れた。

墓石が地平線まで累々と連なっている。