阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「元年」地球勝紀

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2018.12.07

第45回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「元年」地球勝紀

目が覚めると、人一人がちょうどすっぽり入れるカプセルの中にいた。体がなかなか動かない。カプセルの開閉ボタンを押すと、シューと煙を吐きながらカプセルがゆっくりと開く。花魁(おいらん)の格好をした若い女性がカプセルに駆け寄ってきた。唾を飲むほど美しい外見の女性だった。見た目は和風美人だ。

「ミノル様。やっと、やっと、やっと、お目覚めになりましたね。本当に、おめでとうございます。ミノル様は私たちの希望です」

よろめきながら上半身を起こしたおれに女性は両肩を掴んで支えてくれた。女性が自分の左手に視線を向けると、左手が一瞬青く光り、ロックが外れる音がした。花魁の格好をした大勢の女性が押し寄せて来た。驚いたことに、皆、若くて美女ばかりだった。

「きみたちは?」

おれが尋ねると先程の和風美人が答えた。

「ミノル様。これは大変失礼致しました。私の名前は地球の日本語に該当する言葉で言う、AKANE3221と申します。後ろの数字は生まれた時を表します」

「アカネと言うの?」

「はい。そう呼んでもらっても構いません」

「三二二一年生まれ? 今はいったいいつだ? うう、頭が痛い。おれは未来にタイムスリップでもしてしまったのだろうか……」

「ミノル様、混乱させて申し訳ございません。頭痛は大丈夫でしょうか? 暦に関しては皆、考えるところがあります。ミノル様がお目覚めした今日から、西暦をやめて新しい暦を使うことに決めております。でも、詳しい話は後程にしてお休みください。全世界の国民も同意見だと思います。ねえ、皆さん?」

全世界の国民? 三十人ぐらいの女性しかいないが……。アカネの呼びかけに皆が賛同するとおれはその場で意識を失った。

おれは夢の中で過去を思い出していた。これは二〇一九年の三月の話だ。そうだ、思い出した。この頃、世界中でありとあらゆる哺乳類が死滅する病気が蔓延していた。一度かかると必ず死ぬことから絶死病と名付けられていた。かかるのは哺乳類だけで他の生物は大丈夫だったが、恐ろしい感染力だった。絶死病は半年の潜伏期間があり、絶死病にかかった肉を食べても絶死病の動物に触れても感染するという忌まわしき病気だった。

かねてより政府で準備されていた、ノアの方舟プロジェクトを実行することになった。カプセル内を低温にしてから調合した気体を充満させ、人間を仮死状態にし、絶死病が治まった頃に生き返らせるプロジェクトだ。低温保存と特殊な気体による効果で、老化が進行せずに復活ができると政府に説明された。ノアの方舟プロジェクトが連れて行くのは、場所ではなく地球の未来だったということだ。

政府が実行したこのプロジェクトの驚くべきところは規模の大きさだ。日本人は全員、カプセル保存されるか、それとも絶死病が蔓延する世界で生きるか選択することができた。日本以外の世界各国では金持ちしかカプセル保存できないというニュースが流れていたが、おれは迷わずカプセル保存を選んだ。その後、世界がどうなったかはわからない。ということは、おれは絶死病から免れた数少ない人間ということか。しかも、男性で生き残ったのはおれだけか。ある意味ハーレムだが、人間が三十人ぐらいしか生き残っていないのに喜んでいいものか。それに、なぜ花魁の格好をしている? そこまで考えてから目が覚めた。

「おはようございます。ミノル様」

おれが目を覚ますと、花魁の格好をした女性に囲まれていた。パーティーのように壁には飾り付けがされており、くす玉が割られると、垂れ幕にはミノル歴元年と書かれていた。

「ミノル歴元年って何?」

「今は西暦で言うと四〇一九年なのです。ミノル様が暮らしていた世界から二千年経っています。ミノル様は人類で生き残った、ただ一人のホモサピエンスなのです。他のホモサピエンスは皆、三千年代初頭には絶死病でお亡くなりになりました。唯一生き残ったミノル様の栄誉を称え、今年をミノル歴元年とし、ホモサピエンスの再びの繁栄を目指します」

「人類で一人だけ? じゃあきみたちは?」

「私たちは対ホモサピエンス種族保存型生命体です。いわゆる地球外生命体です。ミノル様の時代の文化に合わせて皆、花魁の格好をさせたのです。ミノル様の時代の殿方はこの格好が好きだと歴史の資料で学びました。外見を変えることもできます」

アカネはおれの好きなアイドルになった。男性が皆、花魁好きと伝わっているとは。二千年も経つと歴史の理解などこんなものだ。

「地球外生命体はミノル様とのハーフの子供を含めて絶死病に感染しないのでご安心ください。また、私たちはホモサピエンスの文化にのっとり、愛し合っての受胎を望みます。さあ半年間の期限付きですが、こころゆくまで私たちと子作りをしましょう……」