阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「檻の中で」大野寛

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2019.06.07

第51回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「檻の中で」大野寛

私が思うに、春には春の匂いというものがある。中空の太陽が惜しげもなくまき散らす光の下で、私はその春の匂いを感じることができた。肌に感じる空気は、私を暖かく穏やかで新鮮な気持ちにさせた。私はゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡した。まだ朝の早い時間なので、姿の確認できる人間は少なかった。毎日これだけ静かだったらいいのに、と思っていたところに、親子と思しき大人の男と子供の男の二人が何やら会話をしながら近づいてきた。大人が言う

「お、見てみい、キリンやで」

「うわ、ほんまや」子供が答える。

私だって今の生活は短くないから、こういう会話を聞くことには慣れたし、私にどうこうできる問題じゃないってこともわかっている。けれども、毎日何百回もこの手の会話を聞いてると心底うんざりしてくるのだ。次に続く会話を当てて見せよう。まず間違いなく私の食べ物の話だ。

「おとうちゃん、キリンて何食べんの?」

「そら草食べるんやろ」

「草っておいしいんかな?」

「キリンにとったらおいしいねん」

ほうらね?

私だって人間と同じような口と舌の構造を持って、生まれたときから適切な環境で育っていれば、人間の言葉でこう反論したい。「私だって好きで草を食べてるんじゃないんだ」と。

結局、今朝の願いは聞き入れられず、そこからは沢山の人間がやってきた。いつもより多いくらいだ。次に私の前にやってきたのは大人の女と子供の女二人の三人組だった。子供二人が会話している。

「キリンってやっぱり首が長いねえ」大きいほう子供の言葉に小さいほうが反応する。

「なんでこんな首長いん?」

「高いところに生えている葉っぱを食べるためやで」

確かにそうだ、私の首が長いのは高いところに生えている植物を食べるためだ。このことは私の元へやってくる人間のほとんどが知っている。きっと適当なメロディーを付けて歌われてでもいるのだろう。けれど、毎度毎度面と向かって言われるとだんだん腹が立ってくる。同じことの反復でしかないのだ。こちらも神経が参っている。

私にはここまで話したような退屈な時間たちをただじっと我慢していることはできない。だからと言って、今日は人気のない静かな水辺でゆっくり羽を伸ばそうなんてことも、もちろんできない。そうすると、必然として私が逃げ込むのは空想の世界ということになるのである。空想の中身とは言えば、それはどうしたって、今いる場所から離れ、どこに行き何をするかということに尽きる。

これまでに考えた中で一番気に入っているのは、なんといっても故郷に帰ることだ。月並みに感じられるかもしれないが、君も一度、生まれた土地から遠く遠く、離れて暮らしてみるといい。私の気持ちがよくわかると思う。もちろん、故郷に親や兄弟がまだいる見込みは限りなく少ないだろう。しかし私としては、ほんのわずかでも残ったそれを、頭の中でもてあそばないわけにはいかない。

まだ故郷を出る前、そこにあるものが当然だと思っていたころには分からなかったものを、今ではしっかりと理解できると思う。今いるここにきて、いろんなものを失った。今、私はすごく疲れているし、自分以外のものに対して、いや、自分に対してさえも、攻撃的になっている。だけど、ここでの時間で得られたある種の視座のようなものは、必ずや、ここを出てからも私の事を助けてくれるだろう。

もちろん、今話したのが空想の環境についてであることはわかっているから、心配しないでほしい。大丈夫。

大人と子供の間ぐらいの女が一人で私の元へ近づいてきた。私の目を大きくて黒い瞳で見つめながら、こう語りかけてきた。

「あんたはどこで生まれたん? どんなお母さんに育ててもらったん?」

私はその人から目をそらし、故郷への空想の中に戻っていった。