阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「首の短いキリン」遠瀬夏

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2019.06.07

第51回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「首の短いキリン」遠瀬夏

中瀬がクリスマスに届いた封筒の裏を見ると、差出人は久乃だった。

弁護士を介さずに直接やり取りするのは、何か月ぶりだろう。仲直りの手紙でも入っているのか。いや、それならメールかラインでいいはずだ。

離婚届?

急いで封筒を開けると、中には一枚の絵だけが入っていた。クレヨンで描かれている。博人のお絵描きに違いない。

動物だ。

博人の絵にしてはかなり丁寧だが、それでも四本足でブチ模様の生き物としか分からない。

トラ?

いや、ネコ?

ふと思う。どうしてこれを、久乃は送ってきたのか。一人だと家も広くて寂しいでしょうから、壁にでも貼ってくださいということか。いや、そんな心配をするなら、博人を連れて実家に帰るわけがない。博人は、あなたがいなくてもしっかりやってます、といいたいのかもしれない。

教育方針の違いと久乃は言ったが、何てことはない。男がいたのだ。

博人にはどう説明したのだろう。説明などできたのか。クリスマスにパパとディズニーランドに行くんだ、と待ち焦がれていた博人は、今日もおれがひょっこり現れるのを待っているのではないか。

ネコにしては目が小さい。トラにしては牙がない。子どもというのは、特徴を大きく描くものだ。この生物は耳が長いな。ウサギ? ブチのウサギなんているのだろうか。

酒を持ってくる。じっくり見なければ。

さっきは気づかなかった小さなものが上の方に描いてある。コッペパンのようだが、横に羽根が飛び出ている。飛行機のつもりか。

中瀬はピンときた。数か月前、博人と行った動物園。上空の飛行機を見て、博人は言ったのだ「キリンさんのあたまがとどいちゃう」。

この絵はキリンだ。間違いない。ならば、ブチ模様もうなずける。

けど・・・酒をちびりと含みながら思う。キリンにしては首が短すぎる。あの時、博人は、キリンの頭が本当に飛行機に届くと心配していた。優しいと感じるのは親バカだろうか。それに、中瀬は運動部出身で体格がいい。胸板が厚いが首も太く、よく「パパは首がない」と笑ったものだ。おれに似せて描いたのかな。

中瀬は唇に笑みを浮かべ、絵を自分から離して持つ。それを壁の方に近づけてみる。これは博人からのクリスマスプレゼントかもしれない。セロハンテープはどこだっけ。セロハンテープ、セロハンテープ・・・

待て。

この絵は、博人がパパに送ってほしいといったのだろうか。だとしたら、これには何かのメッセージが込められているのではないか。封筒に入れて送った久乃は気づかない、おれだけに当てたメッセージが。

キリンの絵、首がないにも程があるキリンの絵。首、クビ、首・・・

『パパ。クリスマスって、首を長~くして待っていればいいんでしょ?』

そう言って首を伸ばし、目を細めて笑っていたのを思い出した。どうして、何かを待つのに首を長くしなければならないの? 中瀬はいい答えが見つからず、他に長くするところがないからだ、と言ったら、どうして長くするのかと、やはり笑っていた。

中瀬は、酔いがみるみる醒めていくのを感じた。

キリンの首がないということは・・・もうおれを待っていないのだ。首を長くする必要はないということだ。

涙がにじむ。博人は、おれを傷つけまいと、あえてこんな婉曲なメッセージを描いて寄こしたのだ。やはり、優しい息子なのだ。

・・・いや。

これはあまりにも婉曲すぎる。いくら優しいとはいえ、子どもの考えることじゃない。

久乃が描かせたとしたら?

おれが深読みすることを見越して、博人のメッセージだと思わせようとしているとしたら?

中瀬はスマホを手に取った。久乃は博人を電話に出さないかもしれないが、直接話したい。

・・・ふと、手が止まる。

今、博人は楽しくクリスマスを過ごしているかもしれない。父親と離れていることの意味など、理解していないのではないか。

明日まで待とう。

中瀬は、自分の首を手で摩ってみた。長い夜になりそうだ。