阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ハッピーメリークリスマス」かく芙蓉

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2019.09.09

第54回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ハッピーメリークリスマス」かく芙蓉

「ハッピーメリークリスマス!」

クリスマスイブの夜。誰かが、俺の部屋の窓をノックした。不審に思い窓を開けると、サンタクロース姿の男が入ってきた。

ここは、オンボロアパートの三階。こいつ、どうやって登って来たんだ? サンタの真似事なら、窓じゃなくて煙突から来いよ。まあ、このアパートに煙突はないけれども。

俺は、サンタコスチュームに白髭の、謎の男を見上げた。

「空き巣ですか? 強盗ですか? 貧乏学生なんで、盗るもの何もないですよ」

男は慌てて首をふった。

「ノー、泥棒ジャナイ。ワタシ、サンタクロース」

泥棒という言葉を知っている割には、片言だ。にわかには信じがたいが、クリスマスイブに一人ぼっちの俺にとっては、いい暇つぶしになる。少し相手をしてみることにした。「サンタクロースって、子供のいる家に行くんじゃないの? 俺、大学生なんだけど」

「子供大人、関係アリマセン。サビシイ人、プレゼント、アゲル」

今の俺は、確かにさびしい。かといって、知らないオッサンに突然来られて、プレゼントも貰っても嬉しくねえよ……。と思ったが、黙っていた。俺は話を変えた。

「今時の子供って、何を欲しがるの?」

「最近スマホ、ゲーム。夢ガナイ」

サンタはがっくり肩を落としている。本当かどうかはわからないけれど、少し気の毒になってきた。

よし、それならサンタが喜びそうなものを、俺がリクエストしてやろうじゃないか。夢のあるものを……。

でも夢ってなんだろうな。子供の頃、家族で過ごしたクリスマスを思い出した。ああ、あの頃は、父さんも母さんもいて……。たくさんのごちそうが、テーブルに並んでいた。もう両親は死んでしまった。

「死んだ親のところに連れてってよ。おふくろの手料理食べたいわ」

俺がそう言うと、サンタは困ったように首をふった。

「ソレハ、ダメ」

「なんでだよ。サンタクロースって、元々は死神みたいなものだろ。本に書いてあったぞ」

「違イマス。誤解デス」

そんな話をしていると、お腹がぐうっと鳴った。とりあえず、食べ物もらおう。今、冷蔵庫の中には何もない。

「白いご飯出して。食べたい」

「オーケー」

「あっ、ちょっと待って。小分けに保存して、長く食べられた方がいいや。レトルトパックのある? レンジでチンするやつ」

すると、サンタは袋の中から、レトルトパックに入ったご飯を一週間分出した。

すごい。これで、次のバイト代までしのげる。でも白飯だけだと、ちょっとさびしいな。

「味噌汁もある?」

「オーケー。熱々用意シマス」

「あっ、いや。味噌汁も、小分けにできた方がいい。フリーズドライの持ってる? お湯を注ぐと、味噌汁になるやつ」

サンタは一週間分の、フリーズドライの味噌汁も取りだした。

「ありがとう。俺、これで十分だわ」

「残念。アナタ、夢ナイネ」

サンタに言われてハッとした。確かに夢がない。俺が、現実問題として切実に欲しいものばかりだ。

「アナタ、家族」

「いないよ。天涯孤独ってやつ」

サンタはおれをじっと見て、こう言った。

「アナタ、サンタクロース、ヤル?」

「ええっ!」

俺は考えた。自分がサンタになって、今の世界から消えたとして、悲しむ家族はもういない。友達はいない訳でもないが、俺がいなくなった所で、気にも留めないだろう。

このまま、一人で生きていくより……。

そう思った時、サンタからもらった、レトルトご飯と、味噌汁が目に入った。俺がいなくなったら、捨てられちゃうのか。

「さっき出してくれたご飯。あれ食べたいから、今回はいいわ。来年また来て」

「オーケー。アナタノ幸セ、祈リマス」

サンタは俺に微笑むと、窓を開けた。窓の外に、トナカイが引くソリが浮いている。

「ハッピーメリークリスマス!」

サンタはまたそう言うと、ソリに乗って夜の闇に消えた。

生きていても、何もいいことはないと思っていたけれど、こんな奇妙な出会いがあるのなら、まだ人生捨てたもんじゃないな。

「ハッピーメリークリスマス」

俺は一人つぶやいて、そっと窓を閉めた。