阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「歪む窓」田辺ふみ

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2019.09.09

第54回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「歪む窓」田辺ふみ

日下部は悪趣味な男だった。

パーティを開けば、仲の悪い人を同席させて様子をうかがったり、本当の小心者に無理やり司会の役を押し付けたりする。

趣味は悪魔的な物の収集で、黒魔術の本、髑髏でできた杯、呪いの指輪なんていう物を集めていた。

だから、新居に引っ越したから、遊びに来てくれという招待状が来た時も断ろうかと思っていた。

それがこうやって、のこのことやってきてしまったのは、日下部の手口が上手いからだ。

「実は戸田商事の社長も招待しているんだ。森君、営業に異動したんだろう。紹介してあげるよ」

餌につられて、やってきたら、家の中は変な雰囲気だった。

戸田社長に紹介はしてもらえたが、腕には若い奥さんがべったりくっついていて、仕事の話なんて、できそうにない。おまけに社長の機嫌がものすごく悪い。

「すみません、何かあったんですか?」

小声で他の客にたずねると、苦い顔で答が返ってきた。

「戸田社長の前妻がいるんで、今の奥さんが拗ねているんだよ」

女性は二人しかいなかったので、前妻というのが誰かはすぐにわかった。

上品で美しい人だ。日下部が顔を近づけて、何か話しかけている。

わたしに誘いをかけてから、わざと戸田社長の機嫌を悪くするために招待した。

そうとしか、思えなかった。

みんなの視線が集まっているのに気づいたように、日下部が片手を上げた。

「みなさん、こちらに集まっていただけますか?」

集まったところで日下部は庭に面した窓の一つを指し示した。

庭に出るガラス扉の横の壁、そこにある小さな窓だ。ちょうど、目の高さにある。

「これはわたしの新しいコレクションです。不幸が見える窓だと言われています。殺人事件のあった家から譲り受けたガラスですから、本物ですよ」

そんな窓ガラスをわざわざ、自分の家につけるなんて、不幸にあえばいいんだ。

そう思いながら、わたしは覗き込んでみた。

古いガラスなのか、表面が波打っていて、庭の植木が歪んで見えた。

「森君だけでなく、皆さんも見てみませんか」

日下部に促されて、客が順番に覗き込み始めた。

そんな中、戸田社長の前妻だけはすっと、ガラス扉を開け、庭に出てしまった。今の奥さんに睨みつけられるのが嫌だったのかもしれない。

戸田社長の番が来ると、奥さんが先に覗き込んだ。そして、そのとたん、悲鳴を上げた。

「し、死んでる!」

社長も覗き込むと、すぐに横のガラス扉から外に飛び出した。

庭にいた前妻が驚いたように振り向くのに、戸田社長は抱きついた。

あわてて、わたしは不幸の窓を覗き込んだ。

庭の中で、戸田社長が前妻の首を絞めている。あの上品な顔が歪み、舌が飛び出している。

ガラス扉の方を見ると、戸田社長を押しのけるように前妻が中に入ってきた。

わたしがさっき見たのは何だったんだろう。

そして、戸田社長の奥さんが見たものは、戸田社長が見たものは何だったんだろう。

日下部がニヤニヤと笑っている。

日下部が見せたのだろうか。そんなことができるわけない。

怒ったように帰っていく人がいる。

何を見た?

戸田社長の今の奥さんは前妻を睨みつけるのをやめ、社長を睨みつけている。

このままでは、ここでも殺人事件が起きるかもしれない。

そんな馬鹿な考えが実感を持ってくる。

誰が?

誰を?

わたしはもう一度、窓を覗き込んだ。

光の反射のせいで、庭が見えない。

鏡のように映った自分の顔が歪んで見えた。

「日下部、この窓は外した方がいいんじゃないか」

振り返らずに話しかけると、自分の顔の隣に日下部の顔が映った。

「何で? 面白いじゃないか」

まばたきすると、窓の中に自分と向かい合う日下部の姿があった。

日下部は両手でお腹を押さえているが、血がだらだらと流れている。自分は血の付いた包丁を手に持っている。

「そうか、これが面白いのか」

わたしは笑いがこみ上げるのを感じた。