阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「再生」橋田多恵

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2019.10.09

第55回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「再生」橋田多恵

大きな写真が飾られた祭壇には、花が咲き乱れている。その前に棺が置かれ、ふたは開いている。子供たちが気になってのぞき込みに行こうとするのを止め、静かに諭す。不満そうにしていたが、少しすると二人でじゃれ合い出した。

上着のポケットからゆっくりと紙片を取り出し、挨拶の内容を確認する。明るく、人なつこく、植物が好きだった妻。出産の時の苦労はまだ記憶に鮮明に残っており、子育てと仕事の両立にも悩み続けていた。それぞれの具体的なエピソードを交えながら、話は続いていく。最後は、妻がいなくなったこれからを子供たちと前向きに生きていくと述べて終わる。聞いている人たちに、妻の良い印象を持ち続けてもらうために随所に工夫がされている。これを考えるためにどれだけの時間を費やしたか。ゆっくり悲しむ暇も無かった。

斎場のスタッフの合図を待つ。事前の打ち合わせはかなり細かくしてあったので、進行に不安はない。見事にシステム化されている。感情的になっていることも多い遺族を上手く導き、滞りなく式を終わらせることはそう簡単な仕事ではない。

スタッフが私に視線を合わせ、軽く頷く。私はゆっくりと立ち上がり、マイクに向かう。参列している人々を見渡す。百名ほどだろうか。久しぶりに見る顔もある。知らない顔も多い。深く礼をする。紙を取り出す。

落ち着いて話すために紙を見ることに決めていた。

私は話し始める。いつも明るくふるまっていた妻、友達に囲まれていた妻、植物の世話を楽しんでいた妻、記憶から紡ぎ出された妻のイメージを語っていく。顔を上げると目を拭っている人たちが見えた。不安が遠のいていき、自分の語りに抑揚がつき始めたのを感じる。語り終わった後、打ち合わせ通りに、黙礼をいくつかして席に戻る。子供たちは義妹が見てくれていた。義妹は目を真っ赤にしているが、子供たちには笑顔を向けている。私は小さく、「ありがとうございます」と言った。義妹はハンカチを目元にあてながら自分の席へ戻った。

棺のふたを閉じる時間が迫っていた。みな席から立ち上がり、花を手向けて最後の別れのあいさつをしている。棺の中はすぐに花でいっぱいになった。私は子供たちと一緒に何度も花を置く。

眠っているようだね」と話している声が聞こえる。ありきたりの言い回しだと思ったとき、めまいがした。その場で倒れないよう部屋の外へ出る。手に百合の花を持ってきてしまっていた。私は式場のドアの前でうずくまる。

「もう戻りたくない」と頭の中で繰り返した。立ち上がり、振り返らずに建物から出ていく。外は晴れていた。日差しに目がくらむ。私は歩き出す。駅はさほど遠くない。揺らめきながら電車までたどり着き、空いている席に腰を下ろす。ずいぶん立ち続けていたような疲れを感じる。電車が動き出し、私は外を眺めている。いくつかの駅で人を降ろし、電車は走り続けている。ふと、降りなければならないと感じ、停まった駅で降りる。改札の外に出ると、雨が降っていた。長く降り続いているようで、水たまりがそこかしこにできていた。私は傘を開き、百合の花が濡れないように気を遣う。傘の中に百合の匂いが漂った。一歩一歩進むたびに足下の水が靴にまとわりつき、つま先を濡らした。建物に入る頃には中までしみているように感じられた。エレベーターを降り、鍵を出す。ドアの前で大きく息をつく。

「大丈夫。きっともう整理できている」

と自分に言いきかせる。それから鍵を回し、ドアを開ける。明かりが漏れてくる。妻の声がする。

「あれ、花を買ってきたの。きれいだね」

「いいでしょう」

私は言い、花を手渡して鞄をおろす。

「どこか寄り道してたの?」

「少しふらふらしながら考えごとをしてた」

「そう。どうせまた面倒くさい話でしょ。私は聞きたくないから、話さなくていいからね」

「わかった。話さないよ」

私は言い、駆け寄ってきた子供たちを抱いた。