阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「月夜の晩に」風樹

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2019.11.08

第56回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「月夜の晩に」風樹

月の明るい秋の夜。神社の境内で狛犬の美(み)澄(すみ)と松島(まつしま)は、しんみりと月を見上げていた。

「いつになってもお月さんの美しさは変わんないなあ。俺たちがずっとここにいるのも変わんないなあ」

美澄はため息交じりに呟いた。

「そうだな、変わんねえな。美澄とこんな話をするのも何万回目かねえ」

松島は石の台座の上で猫のように背伸びをした。しなやかのその動作の中で、ゴリリと不気味な音が鳴る。

「こらっ、狛犬がそんな恰好しちゃダメだろう。人間にでも見つかったらどうするんだ」美澄は松島の方に首を向け、

怪訝そうな顔をした。松島はふんっと鼻を鳴らすと、

「最近はちっとも人間たちは来ねえじゃねえか。近頃は世話役の爺さんがたまに来るくらいだ。なあ美澄よ、おいらは昔みたいににぎやかな時に戻りたい。ああ、戻りたい」

と話し、まあるい目玉からぽろぽろと涙を流し始めた。

「昔は賑やかだったなあ、松島よ。学校が終わると子供たちがよくここで遊んでいたね。大銀杏が色づくとお祭りもやってた。昔のようにしたいけど今は大変な時代になってしまったんだよ、松島よ」

美澄は台座からゴトリと降りると、松島のもとへゆっくり近づく。神社をぐるりと取り囲んでいる雑木林の中から秋の虫たちがささやくように鳴いていた。

「今は、昔より人間たちの暮らしは便利になったんだよ。神様にお願いしなくても食べ物に不自由しなくなったし、病気だって治るものが増えてきたんだよ。うちの神様もいってたじゃないか、平和になったって」

「じゃあ何が大変な時代なんだよ」

松島も台座から降りると美澄に向かって吠えたてた。虫と木々が静かに聞き耳を立てている。

「それは…」

美澄は言葉に詰まった。どう大変なのかわからないのだ。ただ、一つ言えるのは人間が昔のようにここに来なくなったのは忙しいからだということ。でも、それがなぜなのかはわからない。

「わからないけど、きっと忙しいからこれないんだと思うよ」

美澄はしどろもどろに答えたが、こんなので松島が黙るわけがない。

「なんで、なんで、なんでなんでいっ。お前知ってる風だったよな。さも知ったようにしゃべってたよなっ。知ったかぶりか、えぇっ」

「じゃあ、なんで人間たちがここに来なくなったのか確かめに行こうじゃないか。きっとそうすればなんでなのかわかるよ」

冷たい風がごおっと強く吹いた。石の肌には冷たさなんて屁でもないが、その風が神様からの行ってきなさいの声に二人には聞こえた。

こうして二匹は旅に出た。秋の明るい月夜の晩に。

「っというのが、この神社から狛犬が消えた事件の真相だと思うのです」

私立探偵の魚(を)貫(ぬき)はうっとりと推理を警察と神社関係者の前で得意げに話していた。

「ロマンチックでしょう」

うっとりと一人悦に入っている。担当刑事はため息をつき、神社関係者の氏子はわなわなと震えている。担当刑事は呆れたように、

「では証拠はあるんですか。重い石像二体が忽然と姿を消した理由がそんなおとぎ話みたいなわけないでしょう。犯罪ですよ。窃盗事件ですよ。歴史的な価値があったわけではないけれども、きっと犯人が持ち出したんですよ」

と腕組みしふんぞり返る。魚貫はいやいやと首を横にふり、

「あんなに重いものを重機も入らないこんな場所から持ち出す物好きなんていますかね。歴史的な価値があるわけではないのならなおさらです。じゃあなぜ消えたのか。その理由は…」

氏子は探偵と刑事のやり取りを聞きながら、二体の狛犬がいなくなった空の台座を眺め大きなため息をついた。冷たい風がごおっと三人に向かって吹いていた。