阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「深夜喫茶の常連客」元町月人

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2019.12.06

第57回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「深夜喫茶の常連客」元町月人

女子会が盛り上がり3次会までつきあって、すっかり遅くなってしまった。

最終電車はとっくになくなり、きそうもないタクシーもあきらめてアヤノは一人、深夜の街を遠くにある自分のアパートに向かって歩きはじめた。おなじ3次会まで残った女の子たちは彼氏や家族のものが迎えにきてくれるとかで、アヤノだけが置き去りにされた形で、なかには、乗っていかないと彼氏の車に同乗をすすめてくれた友達もいたが、私も迎えが来るのと見栄を張ったばかりに、長い距離を歩くはめになってしまった。

深夜の一時をまわった街なかは、ちらほらビルの明りがみえるだけで、あとはベタッとなにもかもが闇に塗りつぶされていた。

これまでにも、歩いて帰宅したことは何度かあった。独身だが年も30をこえていて、周囲からはしっかり者で通っていた。今夜もまた根性だして歩いてかえったことを明日会社のみんなに笑い話にしてはなしてやろうと、そんなことを考えながら彼女は歩きつづけた。

ふとアヤノは背後からちかづいてくる足音を耳にした。ふりかえってみても、くらがりにまみれて何も見えない。
彼女はとりだしたスマホをオンにして、後ろからよく見えるようにわざと肩より高くかかげて見せた。それが夜道を歩くときの痴漢撃退法だと会社の若い女の子がいっていたのを思いだしたのだ。

しかし若い女の子なら効果があっても、アヤノぐらいの年代の女性には効き目はないのか、足音は依然として、いやむしろまえよりいっそうちかくで聞こえはじめた。

足音から逃げるように歩道をつきすすんでいると、通りの向こう側に、看板に明かりのついた店がみえてきた。
そこはどうやら喫茶店らしく、窓からこぼれる明るい輝きに吸い付けられるように彼女は、加速度を増して店までかけていき、扉を体当たりで押し開けた。

店内のすべてのテーブルから、十数名はいるだろうか、女性たちがいっせいにこちらを見た。

「いらっしゃいませ」

店のママらしい中年の、感じのよさそうな女性がちかづいてきた。

「あ、あの……」

はげしく息をはずませるアヤノの肩に、彼女は優しく手をあてた。

「どうしたのです」

「だれかにあとをつけられたらしくて――」

「もう大丈夫ですよ。さあ、うしろの扉をしめて」

アヤノは、外の闇をしめだすかのように、力まかせに扉をしめた。

「ここに座りませんか」

三人がいるテーブルから一人が声をかけてきた。

「ありがとう」

アヤノはすなおに、空席に腰をおろした。

同じテーブルには同年配かすこし若い年代の女性たちが座っていた。

「ストーカーに追いかけられたね」

一人がいうと、別の女性が、

「このあたりは、よくでるのよ」

するともう一人が、

「じつをいうとね、ここにいるほとんどの女性たちが深夜に、ストーカーから逃れてやってきて、常連客になったのよ」

それにはアヤノはおどろいて、

「みなさん、そうなのですか」

そのわりには彼女たちの、ひとつも悲壮感がうかがえない顔が、彼女には意外だった。

そこへ、ウエィターが水をいれたコップをもってやってきた。すらりとしたしまった体つきに、おまけに目を奪われるほどのイケメンだった。

「ご注文は」

「オレンジジュース、おねがいします」

それをいっただけでアヤノの胸は激しく高鳴った

彼がもどっていくのをまってから、アヤノはたしかめるように隣の彼女にいった。

「ほんとうにここにいる女の人たち、ストーカーに追われた人たちなんですか」

「ええ、私もふくめてね。でもそのこと、いまでは感謝しているわ」

アヤノにはその意味が、きかなくてもわかった。彼女の、いまのウェイターにくぎ付けになっていたまなざしが、雄弁に語っていた。逃れて、とびこんだ店に、目をみはるほど素敵なウェイターがいたのだから。

またべつの女性が、きゅうに含み笑いをうかべながら、

「あなたいまの彼、だれだと思う」

「だれって……」

「暗かったから、顔は見えなかったでしょうね。彼、あなたが来店するちょっとまえまで、店にいなかったのよ」

最初はなんのことをいっているかわかりかねたアヤノだったが、そのうちハッと思い当たることがあった。

「まさか」

「この深夜に、こんな大勢の客を集めるには、尋常な手段じゃできないわ。店のママ、ああ見えてなかなかのやり手なのよ」

「彼がストーカーをやって、ここに集めたと――」

アヤノがいったとき、

「おまちどうさま」

彼がジュースをもってやってきた

アヤノは、いまいちど彼の顔をながめた。しぜんと気持ちはうっとりとなって、理屈でもなんでもなく、彼につよく魅了されている自分を意識した。そのうえ、彼がストーカーまでして自分をこの店に導いてくれたことを、いつしか感謝している自分を知ったのだった。