阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「渇き」久野しづ

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2019.12.06

第57回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「渇き」久野しづ

深夜、目が覚めた。五十を越えたあたりから、夜中にトイレに起きることはいつものことだった。用を足した後、冷蔵庫をのぞいた。炭酸水を飲みたかったが、あいにく切らしていた。ならば、麦茶をと思ったが、麦茶もほとんど残っていなかった。気をきかせてお茶を沸かしてくれる人は、この家にはいないのだ。

仕方なく、水道水を飲もうとした。氷があればと思ったがなかった。もう師走なのだから、水道水も冷たく感じるだろうと期待した。だが暖冬のせいか、やはり生ぬるい。

キンキンに冷えた炭酸水が飲みたくて、近くのコンビニへ向かった。ところが、コンビニには正面から軽自動車が突っ込んでいて、それどころではなかった。私は呆然と立ちつくした。

「大変なことになっていますね」

と声をかけられた。知らない人だった。この騒動の野次馬だろう。私は「ああ」とあいまいに返事した。ノーメイクの部屋着姿で人と関わりあいたくない。

「コンビニで何か用でしたか」

その人は続けて聞いてきた。仕方なく、炭酸水を買いにきたと答えた。すると、一緒にお茶しましょうと言う。見た目、三十代のOLだろうか。

「もう喫茶店も開いてないでしょうし」

「ファミレスなら開いていますよ」

彼女はにこにこ笑っていた。

――もしかして、私を困らせて面白がっているの。

そう疑いたくなった。

「こんな遅い時間ですし、あなた、明日お仕事なんじゃないの」

と遠回しに断った。しかし。

「はい、仕事です。でも若いから徹夜でも平気です」

その後も何度も断わり続けたが、彼女のあまりのしつこさに折れた。

結局彼女の車に乗り、ファミレスに行くことになった。当然、近くのファミレスへ行くのだと思っていたのに、車はどんどん私の家から遠ざかっていった。私は不安になって尋ねた。

「あの、どこのファミレスに行くんですか」

「あたし、この間彼と別れたばかりなんです」

質問と答えがかみ合わない。

「結婚まで考えていたんですよ、あたし。笑っちゃうでしょ、フフフフフフ」

ステアリングをきる横顔は悪魔のような笑みを浮かべていた。

「……」

私の不安はどんどん膨れ上がっていった。と同時に、のどの渇きを思い出した。そのとたん、不安と比例してよけいに水分が恋しくなった。

――無事に帰れますように。

こういう時だけ神に祈る。普段は全く信心深くないのに。それに早く何か飲みたい。ああ、私はいつだって欲求ばかりだ。

ようやく、見知らぬ町のファミレスの駐車場に車は入った。どんどん先に行く彼女を追うようにして、私は店の中に入っていった。

彼女は次から次へと注文していった。深夜のこともあるだろう。店員が謝りにきた。

「あいにく、切らしておりまして」

それに、彼女の怒りが爆発したようだった。

「どうしてないの!私、お客様よ。この女は」

彼女の怒りは私に移っていった。

「旦那に食わせてもらって、三食昼寝付きなのよ。今時、不公平じゃない」

女はわめきちらすと、すっくと席を立って外へ出ていった。車が急発進する音が聞こえた。どうやら、彼女は私のことを見知っていたようだ。だけど、勘違いしている。

「あなたが思っているほど、恵まれてはいないわ。いろいろあって離婚するのに。あなたはまだ潤いを持っているじゃない、その肌にもその髪にも」

テーブルに置かれたお冷やを、私は一気に飲みほした。