阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「壁の広告」本間文袴

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2020.01.09

第58回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「壁の広告」本間文袴

その壁を見つけたのは偶然だった。

普段とは違う方向に散歩に出かけ、ブロック塀で囲まれた家が並ぶ通りを見つけた。辺りを見て回ると、端のほうにトタンで作られた小屋がある。その小屋を囲む塀と隣家の塀との間には、人の腕一本がようやく入るほどの隙間が見受けられた。

なんの気なしに覗き込むと、ちらりと何かが目に入る。家の影で薄暗かったが、壁に何かあるようだ。少し身を乗り出してみると、それはどうやら張り紙らしい。目を凝らすと、白い紙に黒色の印字がされている。

「さがしています」

ただその一言だけだった。具体的な内容も連絡先も何もない。よく分からないが、何かの紙を剥がし忘れたのだろとその時は思った。

次にその道を通ったのは一週間後だった。少し気になったので例の隙間を見てみると、紙が変わっている。

「みつかりました。ありがとう」

以前と同じ書体の印字だったが、明らかに紙が違った。不思議なこともあるものだと首をかしげていると、足元を野良猫が通って行った。

何日か過ぎた後、気になってしかたがないので壁を見に出かけた。あまり何度も行くとそこの家の住人に怪しまれないかと心配になっていたのだが、風の噂であの二軒が空家だと知ったのだ。

例の壁の近辺には猫が多いので、それを見る体を装って隙間を覗く。紙はやはり変わっていた。

「いりませんか」

相変わらず要領を得ない内容だが、何かの引き取り手を探しているらしい。近くに持ち帰れそうなものでもあるのかと見てみたが、地面に蜥蜴が落ちているだけで何もなかった。目の端で何かが動いたので視線を向けると、塀を伝って来たらしい黒猫が蜥蜴を咥えるとさっさとどこかへ行ってしまった。

次の日に壁を見に行くと、また紙が変わっている。

「いただきました。ありがとう」

前日の張り紙に対する返事と思わしき内容だった。何の交渉が成立したのか気になったが、その日はさらに別の紙が増えていた。

「募集中」

黒々とした太字のそれは、やけに目立っている。よく見ると、今までの張り紙の書体とは違うようだった。いつの間にか壁の側に腰を下ろしてこちらを見上げたトラ猫は身重らしく、ふっくらとしている。声をかけると鳴き返してくるので、暫く相手をして家に帰った。

一週間ほど忙しくしていて壁を見ていなかったので久々に行くと、以前の紙がそのままになっていた。そういうこともあるのかと思ったが、何やら紙が増えている。

「要相談」

「あとすこしです」

「急ぎます」

三枚の紙が連続して張られていた。今までとは少し違う様子が不信に思えたが、急の連絡が入って家に帰らざるを得なくなった。

その日の夜、庭でしきりに猫が鳴くので見てみると、以前のトラ猫が木の下に座っている。偶然ここまで来たのだろうかと暫く様子を見ていると、三十分ほどして姿を消した。

次に壁を見たときには、紙がかなり増えていよいよ切羽詰まっている様子が窺えた。

「三匹です」

「お願いします」

書体の同じ二枚の下に、さらに何枚も紙が張られている。

「おねがいします」

文字や書き方は違えど、全て内容は同じだった。尋常ではない様子に戸惑っていると、足元に何かが触れた。驚いて見ると、例のトラ猫が足に擦り寄ってきている。臨月が近いのだろう、膨らんだ腹がひどく重そうだった。

以前から騒がれていた季節はずれの台風が近くを通過するらしく、天気が大荒れしている。庭の植木鉢を家に入れようと扉を開けると、トラ猫がうずくまっていた。産気づいたらしく苦しそうにしているので、見るに見兼ねて家に上げることにした。段ボールに新聞を敷き詰めてやると、トラ猫は中に潜り込んでいった。手を出すわけにもいかず気を揉みながら様子を窺っていると、無事に出産を終えたようで満足気に子猫を舐めている。母猫の腹に埋もれる三匹の子猫を眺めるうち、何となく合点がいって面白くなった。

翌日は台風一過で、青空が広がった。母猫に餌をやってから壁を見に行き、手を伸ばして持ってきた紙を張りつけた。

「うちにどうぞ」

その後も、たまに見に行く壁では様々なやり取りがされていて楽しげである。