阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「田舎の駅」白浜釘之

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2020.02.07

第59回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「田舎の駅」白浜釘之

『秘境の駅へようこそ』

ホームに華やかに、というよりはむしろ毒々しく飾られた田舎のバーゲンセールのような横断幕を眺め、早くも俺はうんざりした。
……もはやここも観光地化してしまったか。

ひと昔、ふた昔くらい前までは、首から大きなカメラを提げて、リュックには分厚い時刻表を忍ばせた鉄道マニアだけがが訪れるような辺鄙な田舎の駅。
それが今までは普通の観光地に秋田一般の観光客までもが、スマートフォンで気軽に乗り継ぎ経路を調べて、ふらっと立ち寄る……そんな程度の駅になってしまった。
それでも古き良き風情のある昔ながらの駅名表示板や、古めかしいままの時刻表などは残されており、観光客を納得させるだけの良心というべきものは一応持ち合わせているようだった。

「さてと……」

俺は重たい鞄を担ぎ上げ、狭い駅舎を後にする。今回の取材のテーマはこの駅ではなく、この田舎町全体を観光地とすべく、提灯記事をかくことにあるからだ。
ホームを出て改札を抜けると、狭い駅舎の片隅に小さなベンチが一つ置かれただけの待合室があった。
何気なく覗いてみると、品のいい老婦人が一人、ポツンと座っていた。
俺と目が合うと。老婦人は微笑んで会釈をする。俺もつられて頭を下げる。

「誰かを待ってらっしゃるんですか?」

そのまま去るのもきまずいので、俺は彼女に話しかけた。

「ええ……この駅が有名になったおかげで、都会に出ていた息子がこっちに戻ってきて自分の店を開くことになりましてね。待ちきれなくて早めに来てしまいましたの」
「なるほど、それは良かったですね」

俺は適当に相槌を打ち、話が長くなりそうな老婦人の元からそそくさと逃げた。

そもそも、この駅が『秘境駅』として注目されたことには俺にも原因がある。
ちょっとひねくれた視点で物を書くということでそこそこ売れっ子ライターだった俺は、本当に山奥にあって、日に数本しか列車が停車しないような本物の『秘境駅』ではなく、割合都会の近くにあるのに利便性が悪く、一般客よりもかえって鉄道マニアの方が多いくらいのこの田舎の駅を揶揄を込めて『秘境駅』とある雑誌に紹介したのだった。
それを面白がった連中がのこのことやってきたため、この駅周辺もそれなりの観光地となり、俺がまたこうして取材に訪れる羽目になったというわけだ。

しかし、この街の相も変わらず垢抜けない田舎のリゾート地のような街並みは、俺のようなひねくれライターにとっては格好の取材対象だった。
俺はいつものように、一見きらびやかに見えつつも、そこはかとなく田舎くさい趣きのある街の様子を皮肉たっぷりに面白おかしく書いてやった。ただの観光案内のようないいところばかり褒めまくるような記事にはしたくなかったからだ。
街に何日か何日か滞在して記事をまとめ、編集長にメールを入れた。

「うん、なかなかいいじゃないか。ほぼこのままでいけそうだ」
「そうですか? ちょっと小馬鹿にし過ぎたかなって反省してたんですけど。せっかくこれから観光地にしようとしてるのに、ってこの街の観光課とかからクレームが入りませんかね」

編集長の意外な高評価に、かえってこちらが心配してしまう。

「あちらの思惑通りでいいんじゃないか。君が最初に紹介した『秘境駅』だって、元々寂れかけた田舎の駅を、わざと余計に田舎臭くしてマニアを引きつけたように、その街そのものがそんな観光地を目指しているんだろう。もとから寂れているものはそれ以上寂れないし、元から時代遅れのものはそれ以上時代に取り残されることはないからな」
「なるほど、したたかなやり方ですね」

編集長の言葉に、俺はすっかり感心してしまっていた。得意になって散々こき下ろしたつもりが、何のことはない、ただあちらの掌の上で踊らされていただけだったってわけだ。

「案外、お前が駅で会ったって言う老婦人だって、観光課に雇われた役者かもしれないぞ。地元自慢、息子自慢の老婆の役で」
「まさか」と俺は一笑に付した。

しかし、帰りの駅の待合室で、俺はあの老婦人を再び見掛けたのだ。

「あれ? 今日も息子さんをお待ちですか」

意地悪く俺がそう声を掛けると、老婦人は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにこの前のような笑顔になり、

「ええ、今日は次男坊が帰ってきますの」

なるほど、この老婦人もしたたか者だ。