阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「町の外へ 駅の外へ」車坂兵吾

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2020.02.07

第59回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「町の外へ 駅の外へ」車坂兵吾

その駅は荒野の果てにあるのだという。
その駅から出る列車に乗れたなら、乗客の夢見た土地へ、列車が連れていってくれる――。
僕はその伝説を信じて、故郷から旅立った。

僕は空になった背嚢に、荷物をいっぱいにすることから始めた。
背後からの視線は無視し、食料と水をたっぷりと詰めた。しばらく使っていなかった銃を検め、弾薬を込めた。

「なあ、どうしても行くのか?」
僕は彼の声に、振り返らず答えた。
「行くよ。そろそろここにも飽きんだ」
「そんなに急ぐことはないだろ? あわてるなよ」
「慌てちゃいないよ。時間はあるからね」
窓の外に目を向ける。朝陽が地平線の向こうから昇り、荒々しい岩山を影に沈めて、黒一色に染め上げていた。
「馬が簡単に手に入るとは思えないし」
「馬だって? 馬なんか必要ないだろ?」
「いるのさ。僕の旅にはね」

僕は背嚢を背負い、拳銃と小銃を持ち出した。部屋から出ていくと、彼もついてきた。

「銃なんて……ここじゃ持ち歩くのも禁止なんだぜ」
「出てく人間には町の掟は関係ない」

店をいくつか回った。おりわるく、どこも品切れだった。

「諦めたらどうだ?」
「忘れたのか? 君も僕も、諦めが悪いからここにいるんだぜ」

彼は言い返せなかった。
馬と弾はどこに行ってもなかった。この町に来た人間が真っ先に手放すものだからだ。もう馬に乗る必要はないし、身を守る必要もない。

「もう少し待たないか?」彼が言った
「あと三日ほど待てばいいそうだ。みんなその噂で持ちきりだ。馬鹿を見るのはお前ひとりかもしれないぞ?」
「馬鹿で結構。だいたいそんな話、三日前にもしたじゃあないか。飽き飽きしたんだよ……」
「お前は何が気にくわないんだよ。ここだって悪くないだろ」
「僕は気にくわないのはね―」

僕はさっと手を振って、町全体を示した。

「ここが居心地よすぎるところさ。気にくわないところがないのが気にくわないんだ」

昼も過ぎて、ようやく馬と弾が見つかった。
到着した新入りがいたのだ。

「どうぞ差し上げますよ。もう必要ない。旅は終わったんだから」
僕はありがたく受けとると、新入りは眼を輝かせて尋ねた。
「ところで駅はどっちのほうにあるんですか?」

結局、町から出るのは夕暮れ時になった。
馬を連れて駅に入ると、僕はホームから線路に降りた。
彼はホームに立っていた。両手をポケットに突っ込み、視線を足元に落としていた。

「旅なんかやめちまえよ……せっかく駅に着いたんだ」

僕は小銃を鞍に差し、拳銃は腰に吊った。背嚢はずっしりと重く、安心感があった。

「あとは列車が出るのを待つだけなんだ」

僕は馬にまたがり、帽子を目深にかぶった。
背後を振り返ると大きな汽車の車庫が見えた。
あの車庫からいつか列車が出る― 町の連中はそう信じている。彼も同じだった。

「なあ、何が嫌なんだ。正直に言えよ」

僕は線路の続く先?? 果てない地平線を見た。沈む夕日の向こうに目指すところはある。

「もう少しだぜ、一緒に行こうじゃないか」

僕は馬に拍車をくれた。快い蹄鉄の音を響かせながら、馬は歩きだした。
彼は去ろうとする僕に向け、最後に言った。

「なあ、俺といるのが嫌になったのか?」

あえて、ゆっくりとしたペースで進んだ。
彼の最後の言葉に、僕は振り返って言い返したいのを、堪えるのに必死だった。

星明りが照らすなか、線路は眩く輝いていた。僕はぼんやりと星の散る空を見上げた。
その駅が荒野の果てにあると、信じてくれたのは彼だけだった。旅は辛く長かった。あてどもない旅もなんとか耐えられたのは、彼のおかげだった。互いに支え合い、励まし合い……ようやく伝説の駅に着いた。
そこでは伝説を信じた者たちが、列車が出るのを待っていた。だが、なかなか列車が出ないので待つ者たちばかりが増え、いつしか町になったのだという。
みんな伝説を信じ、希望に眼を輝かせてで列車が出るの待っていた。それまで皆で助け合い、一緒に列車に乗ろう、互いに誓い合っていた。
僕と一緒に着いた彼もそう誓っていた。だが、僕は違った。
列車でなくとも線路を追えば、夢の土地へと辿り着ける―そう考えた。
一人だけ抜け駆けするなんて卑怯だ。そう考える者もいるかもしれない。
だけど僕には無理だった。出ない列車を……いや、もう出てしまったかもしれない列車を待つなんて。
僕は呟いた。

「前は道標もない旅だったんだ……」

今は線路がある……これを追うだけの旅だ。
僕は馬を急がせた。
馬の扱いを教えてくれたのも彼なのを、ふと思い出していた。彼の笑顔が浮かび……思わず僕も微笑んでいた。
風の速さで走っていると、あることに気づいた。
走っているときは、涙が横に流れるのだ。