阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「じいちゃんの壺」ササキカズト

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2020.03.09

第60回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「じいちゃんの壺」ササキカズト

「あ、壺が!」

生前じいちゃんが大切にしていた古い壺が、今、タンスの上から落ちようとしている。
五年前に亡くなったじいちゃんの部屋が、うちで一番広いので、ドローンを飛ばしてみたのがまずかった。
ネット注文で今日届いた、手のひら大のドローンだ。タンスの上には、じいちゃんの写真と壺が並べて置いてあるのだが、その裏側に不時着したドローンが、タンスと壁の隙間に落ちそうだったので、慌てて取ろうとしたのが災いした。ドローンを掴んだ右手の肘が、壺にガツンとぶつかってしまったのだ。タンスは一メートル五十センチの高さ。下は畳だから壺は割れないかもしれない。両腕がタンスの上に位置するこの体勢では、下に落ちるより早く壺をキャッチするのは絶対に無理だ。サッと右足を出すことは可能だが、衝撃を和らげることが出来るだろうか。出来るにしろ出来ないにしろ、足の痛みはどうなんだろう。痛みのリスクを負ってまで、足を出すほどの価値のある壺なのだろうか。それにしても何でこんなところに壺を置いているんだろう。おじいちゃんは床の間に飾っていたけど、亡くなってからは床の間にもいろんな物が置かれて収納スペースになったので、壺の置き場に困って、とりあえずタンスの上に置いたってところだろうか。
とりあえず置くにしても、何で高いところに置くかな。きっとばあちゃんも、父さんも母さんも、この壺がどれくらいの価値のあるものか知らないのだろうな。それとも、価値がないって知っているから、こんなところに置いたのかな。もしも価値がある壺なら、こんなところに置いた人にも責任があるよな、誰が置いたかわからないけど。結果、割れてしまったとしても、置いた人も悪いということになるし、俺だけ怒られるってことはないよな。そもそも、壺が割れたからって、怒られたりするかな。じいちゃんがどれくらいこの壺を大切にしていたのかを、一番知っていそうなのはばあちゃんだけど、無口なじいちゃんと、そんなに仲が良かった印象もないから、じいちゃんが大切にしていたという理由で怒られることはない気がする。それによく考えたら、俺、ばあちゃんに怒られたっていう記憶はないな。父さんや母さんに対して、ばあちゃんが文句言ってるのは時々見るけど、俺がばあちゃんに怒られたことは、生まれて十七年間一度もないかも。あるいは意外と、父さんがこの壺の価値を知っていて、すごく怒ったりして。いや、ないな。父さんは俺が本当に悪いことをした時しか怒ったりしない人だ。怒るとしたら、まず母さんだけど、この人は俺に対していつも怒ってる人だから、ことさらこのことで凄く怒るってこともないだろう。問題は母さんとばあちゃんとの微妙な関係だ。俺も高校生ともなれば、嫁姑問題くらい何となくわかる。いつもは普通に接しているけど、皮肉たっぷりなやり取りがされているなと、俺でもわかる時がけっこうある。じいちゃんの壺が割れたら、嫁姑問題の火種になったりするのかな。

人間は、危機的な状況にあるとき、脳の情報処理が速まって、時間の経過が遅く感じられることがあると言うけど、こんな時にも起きるんだな。一瞬の間にいろいろ考えた気がする。

考えた末なのか、反射的だったのかよくわからないけど、落ちて行く壺と畳の間に右足をサッと出していた。足の痛みは大した事なかったが、壺は蹴り上げられたようにクルクルと回転した。その遠心力からなのか、細長い壺の口から、何やら折り曲げた紙のような物が飛び出した。壺は畳の上で少し回ってピタリと止まった。割れなかった。

壺から出てきたのは手紙だった。一通の古い封筒。表に住所は書いておらず、じいちゃんの名前だけ。裏には、ばあちゃんではない女の人の名前。好奇心を抑えられず、中を見た。思った通りラブレター。かなり熱烈なじいちゃんへの思いが綴られていて、読んでいてドキドキした。最後に「明日〇〇公園のベンチで待っています」と書いてある。
うわあ……。変なもの見つけちゃった。かなり古そうなものだけど、ばあちゃんと結婚する前のものかな。まさか結婚したあとのものじゃないだろうな。この女の人と会ったのかな。どっちにしろ、じいちゃんの隠しものには違いないし、ばあちゃんには見せられない。これはこのまま元に戻すしかないな。

手紙を壺に入れ直した。なるほど、細い口にうまく納まって、振っても音がしない。
このままタンスの上に置いたんじゃ手紙が見つからないか心配だな。俺の部屋に置いておこう。「ちょっと壺とかに興味出てきた」って言って。……ウソっぽいかな。

一旦タンスの上に壺を戻し、隣のじいちゃんの写真に手を合わせ、心の中で言った。

《じいちゃん……手紙見つけたのが俺で良かったな》