阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「この子はだれ?」宮本享典

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2020.04.09

第61回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「この子はだれ?」宮本享典

七月中旬、私は妻の京子と五歳になる息子の涼介を伴って、お盆の墓参りに車で出掛けた。
うちの菩提寺は東京都板橋区にある松月院である。松月院は明治時代に砲術訓練に使われ、その訓練に参加した私の祖父が「ここは名刹である」と、先祖代々の墓を三重から移したのだ。以来、私の一族は毎年ここに通っている。私も、ものごころつく前には松月院へ来ていたので、ここはどこか懐かしくもある。私も幼い頃は母の手に引かれて墓前に手を合わせていた。その母も今は鬼籍の人だ。
母は京子の妊娠中、脳梗塞で逝った。初孫を楽しみにしていたのだが、ついに涼介を抱くことなく逝ってしまった。だからという訳ではないが、毎年こうして涼介を墓前に連れて来ているのである。
松月院の駐車場で車をとめた。駐車場といっても雑木林に囲まれた土が剥き出しの広場であって、舗装もされてもいなければ駐車スペースを示すラインもない。おそらく、普段は併設した幼稚園の園庭として使っているようである。
夏の日盛りを避けるため、午後五時に弟夫婦と待ち合わせしていたのだが、弟夫婦の車は見当たらない。まあ、じきに来るだろう。
私たち一家は松月院を守る加藤住職に挨拶にあがり、客室に通され、たわいもない世間話で時間を過ごした。加藤住職が言うには、年年お盆の墓参りにくる檀家も少なくなりはじめているという。私たちのように律儀に毎年墓参りにくるのは祖先の慰みになるでしょう、とのことだ。
「やあ、兄貴、待たせたね」
弟の恭二一家が客室に入り込んできた。恭二の妻の琴美は、今年で四歳になる葉月の手を引いている。葉月は涼介を見付けると「涼ちゃん!」と言って涼介に駆け寄る。涼介も嬉しそうに手を差し伸べ、二人でキャッキャと騒ぎ出した。
「それじゃ早速いくとしますか」
私が号令をかけると一同客室をあとにして墓参りへ赴くことにした。
まずは水桶に水をはり、柄杓を二本用意した。「僕が持つ!」と、涼介は水桶を運んだ。
広い霊園の中を私たちは迷うことなく進み、「斉藤家先祖代々之墓」の前へ来た。
まずは軽く墓を洗うことにした。私と恭二は墓石の上から柄杓で水を掛け、所々にある苔を取り払い、花差しの中にたまった泥を拭い取った。
京子と琴美は線香を焚く用意と献花の用意をした。
涼介と葉月は何か面白いことでもあるのか、楽しそうに二人でじゃれ合っていた。
恭二が花差しに花を差し、京子と琴美は線香を手向けた。
「ほら、お祈りするわよ」
京子が涼介と葉月を促し、一同揃って墓に向かった手を合わせた。
しばらくの間、六人は無言で墓前で手を合わせていたところ、涼介が
「なにをお祈りしたの?」
と京子に言った。
「涼ちゃんがこんなに大きくなりましたよって、お母さんに言ったの」
「お母さん?」
「パパのお母さんのことよ」
涼介は見たことのない自分の祖母のことを言われたのだが、親類縁者や生死のことはまだ理解できないようである。
私たちは早々に墓前を離れ、水桶と柄杓を片付け、もう一度加藤住職に挨拶をし、それぞれ帰宅することにした。
駐車場への道すがら、涼介と葉月は「先に行ってる!」といって駐車場へ走っていった。残された私たちはのんびりと歩を進めていた。京子と琴美は子育ての大変さを滔滔と語り合っていた。
駐車場に着くと、西日が雑木林の木漏れ日を作り、その土の上を涼介と葉月が遊んでいた。
いや、もう一人子供がいて、三人で遊んでいた。
いまどきでは珍しいおかっぱ頭のその少女は五歳ぐらいだろうか。赤いスカートを穿き、裸足だった。
私は不審に思い、その少女に訊いてみた。
「君、この辺の子?」
「うん。あっち」
少女は霊園の方を指さした。
「お名前はなんていうの?」
「太田君代」
母の旧姓の名前である。言われてみれば、どこか母の面影のある顔立ちだった。
私たち一同が車に乗るとき、少女は「また来年も来てねー!」と元気に挨拶した。
私たちは少女に見守られながら、ゆっくりと松月院をあとにし、また来年も来ることを誓った。

(了)