阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「猫の墓」山内夏美

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2020.04.09

第61回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「猫の墓」山内夏美

モモが死んだらしい。
三年二組では、今朝からその噂が絶えなかった。ミナと友達も、件について話し合った。
「本当に死んだの? 誰か見た人いるの?」
あーちゃんが、眉をひそめて言った。
「うちの近くのゴミ捨て場で、死んでたらしい。近所の人が通報して、保健所に持って行かれたって」
ミナは、得意げになっているよっちんをフキンシンだと思った。モモは、近所をうろついている猫のことで、ミナたちは餌をやったり、撫でたりして可愛がっていたのだ。
「じゃあ、モモのお墓ってまだ無いんだね?」
マリちゃんの提案によって、モモのお墓を作ることになった。
「木の下に死体を埋めると、安らかに眠れるんだって」
マリちゃんが仕切るので、モモが死んだというゴミ捨て場ではなく、近くにある街路樹の根元にお墓を作ることになった。死体があるわけではないので、完成したのは、それらしく土を盛っただけの物だった。
「モモ、これ好きだったよね」
よっちんは、ランドセルの中から給食のパンと牛乳を取り出すと、お墓の前に並べた。
「わたしは、これ作って来た」
あーちゃんは、油性ペンで「モモのおはか」と書いたかまぼこ板をお墓の上に置いた。
三人は、しゃがんだまま、手を合わせた。ミナは縮こまる友達の背中を見つめていた。
「ミナは? お供え物、無いの?」
あーちゃんが、ミナの方を振り返って言った。
「ごめん、何も持って来なかった」
まずい。ミナは、何かを持って来るべきだと知らなかったのだ。よっちんとマリちゃんも冷ややかな目をしてこちらを見ている。
「協力する気が無いなら、ミナはお参りしないで」
マリちゃんがそう言うと、あーちゃんもよっちんも、そうだそうだと、胸の前で腕を組んで、ミナを睨んだ。ミナは、がっくりと肩を落として、一人、帰宅した。
次の日、学校へ行くのは気が重かった。教室には、たむろしている友達の姿があった。三人とも目を赤くしている。ミナが帰った後、モモを想ってずっと泣いていたのだろうか。
「皆どうしたの?」
ミナは、おずおずと、友達の元へ寄った。
「見てよ、これ!今朝、モモのお墓にお参りに行ったら、こんなにされていたの!」
よっちんが取り出したのは、あーちゃんが作った墓標だった。「モモ」の字の上に大きなバツ印が付けられ、隙間に「おもち」と、書き足されている。
「『おもち』って、確か、五年生の女子がモモのことをそう呼んでた」
「じゃあ、そいつらの仕業ってこと?」
「許せない、こんなことするなんて」
犯人と疑わしい人達の悪口が始まって、ミナがうろたえていると、マリちゃんが問いた。
「ミナはどう思うの?」
「わたし? わたしは……」
ミナはキョトンとしてしまう。
「モモって、おもちって名前もあるんだね?」
「はあ?何それ。今、関係無くない?」
マリちゃんは、心底呆れたと言わんばかりに、大きな溜息をついた。
「もういいよ。お墓作りもやる気なかったし、ミナのことなんてほっとこうよ」
ミナは、また友達のことをゲンメツさせてしまったと思った。
帰り道、ミナは、一人でモモが死んだという場所を訪れた。せめてモモが死んだ場所にお参りしようと思ったのだ。
ゴミ捨て場には、先客があった。近所で有名なホームレスのおばあさんが、しゃがみ込んで手を合わせている。ホームレスの傍になんて寄りたくなかったが、ミナは、お参りをしなくてはならなかった。腹をくくって、ホームレスの隣にしゃがむと、手を合わせてモモの安らかな眠りを祈った。
「死んじまったんだってねぇ」
しゃがれた声は、明らかにミナに向けて発せられていた。ミナは、ぎょっと目を見開いて、ホームレスの方を見た。
「モモを知っているの?」
「あの猫、お前さんはそう呼んでいるのかい」
「そうだよ。『おもち』って名前もあるみたいだけれど」
ホームレスは何も言わずに、顎を擦った。
「おばあちゃんは?モモのこと、なんて呼んでいたの?」
「野良に名前を付けるもんじゃないよ」
ホームレスは、ミナの足元に、タンポポの花を置くと、去って行った。ミナは、暫くの間、ぼんやりとそれを見つめた。そして、またお供え物を忘れてしまったことに気が付いた。けれど、今度は何処へお参りするべきなのか、わからなかった。

(了)