阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「死んでも死にきれない」久保田明日香

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2020.05.08

第62回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「死んでも死にきれない」久保田明日香

俺は、二週間前に交通事故で死んだ。まだあの世へ行けていない。生前は、目標なく毎日を過ごした大学生だった。金も彼女もない人生に未練はない。だが一つだけ、心残りがある。アルバイト先のロッカーの中に。

女子高生モノのエロDVD、三本。バイト帰りに、返そうと思っていたのだ。今日で返却期限は一週間を過ぎた。レンタルショップから返却催促の電話がかかってくるはずだ。
事故はピザの宅配中に起きた。わき見運転の車が、バイクに突っ込んできたのだ。全身打撲、裂傷の痛みで意識を失う直前、母さんや父さんのことを思い出し……DVDのことも思い出した。店は、俺に連絡がつかないとなると、実家に電話をかけるはずだ。

自慢の息子だったと、葬式で号泣していた母さんに、そんな催促の電話を受けさせるわけにはいかない。かといって、浮遊体の俺が、DVDを返して延滞料金を払うことができない。俺はただ、ロッカーの前を右往左往して飛んでいた。
だれかが電話をしながら、更衣室に入ってきた。店長だ。

「ええ、……はい。かしこまりました。それでは、ロッカーのものをまとめまして、今日この後お宅へお届けにお伺いします。はい、失礼いたします。」

母さんと話していたのか。店長は電話を切ると、俺のロッカーに向き直った。カギを開けて、シャツをハンガーから外し、たたんで俺のリュックに入れた。その時、レンタルショップの袋に気がつき、DVDを引っ張り出した。店長の頬が少し緩む。店長とは、休憩時間にAV女優の話をして盛り上がった。店長と気が合うのは、そこだけ。この前は、店長の発注ミスを、俺のせいにされた。気に入ったアルバイトと、そうでない子には、明らかに態度が違う。自分だけ、しょっちゅうタバコ休憩するのも好かない。俺が言うのもなんだが、外見はそこそこなのに三十五歳過ぎても彼女がいないのは、性格の問題だと思う。

「期限きれてんじゃねえか。ったく。」

袋をリュックの中に戻さず、自分の鞄のそばに置いた。死者への情けか、返却してくれるらしい。感謝感激!
しかし、俺の中で急上昇した店長の株は、すぐに暴落した。リュックの内ポケットに入ったチケットに気が付いたのだ。それは、今人気絶頂のバンドのプレミアムライブチケット二枚。知り合いのコネを使って、通常価格の倍払って手に入れたものだ。バイト仲間のエリを誘うために。

俺は、エリが高校の制服姿で職場に現れるたび、いつも胸をときめかせていた。すれ違うといい匂いがする。仕事以外で、話をするきっかけが欲しい。エリは、このバンドの大ファンらしいから、こんな俺とでも絶対一緒に行くと言うに違いなかった。
店長は、そのチケットをおもむろに自分のポケットに入れた。なんでだ?

「店長、お先に失礼します。」

エリの声がドアの外から聞こえた。店長は慌てて荷物をまとめ、更衣室を出た。

「おつかれさま。俺も駅に行く。」

店長とエリは、肩をならべて歩き出した。俺は胸騒ぎがして、ドアをすり抜けて二人についていった。

「私、まだ事故のことショックで……。夜寝られないんですよ。」

エリがポツリとつぶやく。店長は、エリの肩に手を置いた。

「おれも悔しいよ。もっと一緒に働きたかった。」

その手はなんだ、その手は。女子高生には興味がないって言っていたくせに!

「お前がずっとふさぎ込んでるのを見ていられなくてな。俺にできることは、これぐらいしかないんだけど。」
「えっ! 何これ、やばーい!」

店長が差し出したライブのチケットに、エリは大興奮だ。

「来月なんだけど、一緒にどうかな。」
「えー! ぜったい行くー!」

それ、俺の! こいつら、俺が死んだことなんて、秒で忘れてやがる。怒りが体を駆け巡るが、呪い殺すほど悪じゃない。でも、ちょっと念をぶつけるくらいならできるかもしれない。店長が持っている、レンタルショップの袋に意識を集中した。
そのとたん、袋の底がびりっと音を立てて破けた。DVDがその場にバラバラと落ちる。拾おうとしたエリが題字を見て、凍り付いた。

「いや、これは、俺のじゃなくて……」

慌てふためいてDVDを拾う店長を冷ややかに見つめるエリ。そのまま走り去った。
その瞬間、俺はなんとも晴れがましい気持ちになり、空高く昇って行った。

(了)