阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「コインロッカー」ササキカズト

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2020.05.08

第62回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「コインロッカー」ササキカズト

都内の会社に就職して三年。飲み会も多いが、終電で帰らなかったのは初めてだった。

その日は、同期入社の星野の送別会。会社を辞めて、実家の酒屋を継ぐことにしたそうだ。星野とは課が違うので、あまり話をしたことがなかったが、この日初めて趣味が共通するとわかった。SF好きだったのだ。話が盛り上がった僕らは、二次会解散後にカラオケボックスに行った。初めに特撮ヒーローソングを何曲か歌ったが、あとは朝まで話をしていた。好きな小説や映画、アニメの話だ。

始発の時間が近づいたので、カラオケボックスを出た。彼は地下鉄、僕はJRだったので、「じゃあ元気で」とだけ言って別れた。連絡先を知ってはいるが、地元へ帰る彼とは、恐らく疎遠になって行くのだろう。星野も「連絡するよ」とは言わなかった。
土曜日の早朝の駅。人はまばらだ。構内の店も全て、まだシャッターが閉まっている。改札へと向かう通路で、ふと奇妙な光景が目にとまり、僕は立ち止まった。
店と店の間にある狭い通路の奥に、コインロッカーが置いてある。四段×四列のロッカーで、その一番下の段の一カ所の扉が開いていて、人間の頭部のようなものが半分はみ出している。頭部を挟むように、靴を履いた二本の足先もはみ出している。顔は下向きで、やや長い髪の毛が邪魔してよく見えない。男か女かもわからなかった。
死体? いや、頭や足が動いている。ちょっと気味が悪いが、気になったので近づいてみた。ロッカーの前まで来ると、人が体をくの字に曲げて、お尻からロッカーに入っている状態だとわかった。……ロッカーに入っているって、一体何だ?
「うぐっ」と言う声が聞こえた。男のようだ。

「だ……大丈夫ですか?」

僕がそう声をかけると、男の動きがピタリと止まった。

「あ、大丈夫です。が、微妙な状態です」

声からすると、若い男性だ。

「何をやってるんですか?」
「……えーっと、何と言ったらいいのか……」
「出られないんですか?」
「あー……はい。結果的にはそうなんですが、出たいのではなく、入りたいのです」
「入りたいんですか? ロッカーに?」
「今まではスッと入れていたのに……やっぱりビールのせいかな」

単なる酔っ払いか? でも口調ははっきりしている。

「あの……お願いがあるのですが、押してもらえないでしょうか、奥に」
「そんなことしたら出られなくなりますよ」

僕がそう言うと、男は少し考えたように間をあけてからこう言った。

「実はこれ、脱出マジックの練習なんです。これでも私、駆け出しのマジシャンでして……。このロッカーにすっぽり収まって、扉を閉めるとあら不思議、一瞬で姿を消すという、そういうマジックの練習をしていたんです」

マジック? 駅のコインロッカーで?

「私、小さくて体重も軽いので、頭と足をちょっと押してもらえば入れると思うんです」

変な人だなとは思ったが、言う通りにしてみることにした。僕はしゃがんで、男の頭と足に手を添え、ぐっと押した。確かに男は軽く、狭いロッカーの中にすっぽりと納まった。

「顔もお見せ出来ないご無礼、ご容赦下さい。この扉が閉まったら、私はすぐに姿を消します。タネを教えることは出来ませんが、そういうマジックですので、私のことは気にせず、お帰り下さい。お力をお貸しいただき、本当にありがとうございました」

消えるわけがないだろうと思ったが、期待も半分あった。扉は自然に閉まる仕組みなので、手を放すとバタンと閉まった。
シュン!という微かな音がして、扉の隙間から青い光が漏れた。すぐに開けていいものかためらったが、十秒ほどしてから開けてみた。確かに姿を消していた。
中を覗き込んで、触ったり叩いたりしてみたが、ごく普通のロッカーだ。全部の扉をかたっぱしから開けてみたが、全て空っぽ。ロッカーが接する壁か床のどちらかに仕掛けがあるとしか思えないが、いくら調べても、仕掛けらしきものを見つけることは出来なかった。ドッキリ番組か何かだと思い、しばらくその場にいたが何もなかった。
仕方なく帰ることにした。結局始発には乗れず、2本あとの電車に乗った。
一体何だったんだ。男はマジックだと言ったが、もしそうでなかったら……。
考えられるのは瞬間移動。男は何者だ? 特殊技術の研究者か、未来人あるいは人間の姿をした異星人。はたまた魔法使いか?
車窓から見える東京の景色を、見るともなしに見ながら、僕は妄想を膨らませた。そして思った。これは、星野に長文のメールを送らねばなるまい、と。

(了)