阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「人類の服飾史」白浜釘之

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2020.09.09

第66回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「人類の服飾史」白浜釘之

『人類の服飾史展』というイベントが博物館で行われているのを知り、出掛けるついでに寄ってみようと思った。
 最近はまたイベントブームとやらで色々な展覧会や博覧会のようなものがあちこちで開かれているが、実際に行ってみるとただ混んでいたり、集客に熱心なあまりこけおどしの大展示物だけは立派で内容はお粗末なものだったりと、出来栄えの方は今一つなものが多いようだ。
 その点、今回の展覧会は市の教育委員会がバックアップしているのに加え、こういった展覧会にありがちの企業による協賛がないことも興味をそそられた理由の一つだった。
 実際、先日見に行った『世界の草花展』では、もはやただ飾ってあるのか売り物なのかわからないほどで、主催者も商魂たくましく、うっかり係員に質問しようものなら、両手に余るだけの花卉を押しつけられる始末だった。
 今回訪れた展覧会は、あまり派手な宣伝もしていなかったが、それでもこういったイベントが好きな同好の士は結構いると見えて(私も実はその仲間だが)、そこそこ客は入っているようだった。
 女性にしては珍しい、流れるような心地よい係員の説明の声に従って、人類の先史以前から歴史順に服装について学びながら進んでゆく。
「狩った動物の毛皮を纏うなんて野蛮ですなあ」
 前方を歩いていた紳士風の男が溜め息とともに感想を漏らす。
「しかし、今の我々のように、獲物のすべてを調理して食べてしまうことだって、野蛮と言えば野蛮な行為ですよ」
 私の意見に、彼は笑いながら振り返る。
「たしかに生きとし生けるものはすべからく野蛮なのかもしれませんな」
 私は、そんな彼に好感を抱き、並んで歩き始めた。
「いやあ、先日も子供と『恐竜展』に足を運んだのですが、あれだけ巨大な生き物が我々の祖先の生き物をバリバリと食べている場面の模型なんかもありましてね、ずいぶん残酷な……と思って見ていたんですがね。子供は案外ケロッとしたもので、『パパ、恐竜ってカッコいいね』なんて言ってましたがね」
 そんな話をしながら、先に進んでいくと、時代は進み、動物の毛や植物の繊維を編んだものが現れはじめる。
「さすがに人類は器用なものですな」
 などと言いあっていたが、蚕の繭をほどいたもので編んだ絹織物が出てきた時には閉口した。
「よくあんなグロテスクなものを……」
「というより、あれこそ野蛮の極みでしょう。抵抗できない蛹を煮立てて繭を紡ぎ出すなんて……」
 私と紳士は顔を見合わせる。
「我々は服を着なくていいように進化して、本当に良かったですな」
 期せずして、二人の口から同じ言葉が出た。私達は笑いあった。
「……となると、あの『最終戦争』も悪いことばかりではなかったのかもしれませんね」
「少なくとも、我々はこうして生き残ることが出来たんですからね」
 さらに時代は進み、化学繊維などで安価で大量にいろいろなファッションが楽しめる時代となっていった。あまり実用的とも思えないものも多い。
「あ、あの頭の上に載っているのは何ですかね?」
 私の疑問に、
「あれは『帽子』というものです」
 係員が振り向いて答えてくれた。
「帽子?」
「ええ、本来は人間の一番大事な頭部を守ったり、強い日差しを遮るためのものでしたが、時代が下がるにつれ、ファッションとしての要素が強くなって、つばが広がったり、形も様々なものができたということです」
「ふうむ。しかし人間には頭髪があるのに、なんであんなものを被らなきゃならなかったんでしょうな」
 隣で紳士も不思議そうに首をひねった。
「触角だって折れちゃうでしょうに」
 私も頷く。
「あら、人間には我々昆虫類と違って触角はありませんわよ」
 係員の言葉に、私は自分の過ちに気がつき、恥ずかしさで思わず羽音を立ててしまう。
「我々の祖先には敵だったけれど、彼らが『最終戦争』を起こして滅んでくれたおかげでこうして我々が繁栄することができたのも事実です……ということで最近は人類史を見直す展示も増えています。ぜひまたのご来場をお待ちしています」
 係員は四本の肢を振って我々を出口に誘うと、深々と頭を下げた。