阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「祖母の帽子」星いちる

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2020.09.09

第66回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「祖母の帽子」星いちる

「おばあちゃん、その帽子もうやめたら」
 高一の真由子と六十五になる祖母は仲良しで、今日もいっしょに街ブラデートをしていた。大好きなおばあちゃんだが、一つやめてほしいことがある。それは、もう古びすぎたスミレ色の帽子だ。
「この帽子かい」
 祖母は、そっと帽子に手をやって、首をちょっと傾けた。
「もう、古くて汚いじゃない。今度の敬老の日にアタシが新しい帽子を買ってあげるよ」
「そうかい……ありがとうね」
 祖母はほほ笑んだ。
「でもねえ、この帽子をなるべくかぶっていたいのよ」
「どうして?」
「それは……」
 内気な祖母は、恥ずかしそうに口ごもった。でも、意を決したように言った。
「誰にも秘密にしてくれる?」
「何か理由があるの? いいよ、誰にも言わない。秘密にするよ、教えて」
「じゃあ……真由子ちゃんだけに教えるね。それはね」
 祖母は目元を赤くしながらつづけた。
「私が真由子ちゃんくらいだったころ、初恋の人にこの帽子をほめられたの。清美さんにとても似合いますねって」
「えーっ! そうなんだ!」
 真由子は、目を大きく見開いた。祖母は、顔を赤くしていた。
「そうなんだあ……それは、素敵だね。いい思い出だね。その人とはどうなったの?」
「その人は、そのあとすぐに遠くに引っ越ししてしまったの。それっきりよ」
「そうなんだあ……残念だね。美しい思い出になっちゃったね。もしかしておじいちゃんも知らないの?」
「ええ、知らないわ」
 祖母ははにかみながらほほ笑んだ。
「だからね、真由子ちゃん。私が死んだら、棺のなかにこの帽子を入れてね」
「いやだおばあちゃん、縁起でもない。でもわかったよ、約束するよ」
「ありがとう、真由子ちゃん」
 祖母は、にっこり笑った。
 二人が、小さな公園を通りかかったときだった。
「あっ……!?」
 祖母の目が、一人の高齢男性に釘付けになった。
「英二さん……?」
「えっ!?」
 その男性は、奥さんと思しき高齢女性と仲むつまじげにベンチに座っていた。
 真由子は、祖母と高齢男性を交互に見た。
「も、もしかしておばあちゃんの初恋の人……!?」
 祖母は、ふるえながらうなづいた。
「どうする? 声かける!?」
「いいえ」
 祖母は、きっぱりと首をふった。
「お二人の邪魔は、できないわ」
 老夫婦は、とても幸せそうだった。確かに、そこに横入りすることなどできそうになかった。
「そんなあ……」
 残念がる真由子に、祖母はほほ笑んだ。
「いいのよ、行きましょう真由子ちゃん」
 二人が、立ち去ろうとしたときだった。
「おじいちゃーん」
 老夫婦のもとへ駆け寄ってきた小さな女の子がいた。
 真由子と祖母は、同時に気づいた。その女の子が、祖母のかぶっているスミレ色の帽子とそっくりの帽子をかぶっていることに。
 二人はそっと目を見交わした。
 偶然? それでも、清美おばあちゃんはほんの少しうれしく思った。
 二人は、孫とにこやかに談笑する老夫婦の姿をもう一度見やってから、切なくもあたたかな思いを胸に、帰途についた。
(了)