阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「キューブ」いちはじめ

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2020.10.09

第67回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「「キューブ」いちはじめ

 忘れ物センターの女性担当者が、眉間にしわを寄せ、辟易した様子で電話対応にあたっていた。それもそのはず、同一人物と思われる男性から、この小一時間の間に、三回も同じ問い合わせを受けていたからだ。
「失礼ですが同じ問い合わせされてますよね。失くされたのは、ケースに入った小さな黒いキューブ状の金属体、違いますか」
 男は慌てて言い返した。
「な、なぜそれを知っている。誰から聞いた」
「誰からもこれからもないでしょう。あなたから聞いたんですよ。それも二度も」
「そんな馬鹿な。急いでそちらに行く。10分で着くから、それまで誰にもそのキューブを渡さないでくれ、わかったな」ちょっと待ちなさいという彼女の声半ばで電話は切れた。
 何なの、彼女のいら立ちは募るばかりだ。
 彼女は、改めてその遺失物を確かめてみた。
 ケースに入った小さな黒いキューブ状の金属体は、20cmほどの大きさで、金属体というよりは、黒い空間とでもいうべきものだ。
 これが何なのか、さっぱり見当がつかないことも、彼女のいら立ちの一因であった。
 彼女は壁の時計に目をやった。三人が指定した時刻は同じ。もう待つしかない。

 果たしてほぼ同時に三人の男がやってきた。見事に同じ顔、同じ髪型、同じ服装だ。彼女が予想した最悪のケースだが、本人たちは予想もしていなかったようで、お互い顔を見合わせながら、右往左往している。
 これでは埒が明かないとばかり、彼女はこぶしを机に叩き付けると声を張り上げた。
「一体全体どうなってるの。あなたたちは誰、これは何、誰か説明して!」
 彼女のあまりの剣幕にたじろいだ彼らは、三人で何やら相談していたが、やがて一人の男が説明を始めた。
 この世界には、無数の並行世界が存在していて、それらは時に干渉し問題を起こす。そして最悪の場合、世界が消滅することもある。それを事前に防ぐために時空間修復機、このキューブを使って、あらゆる干渉を修復しているのが、俺たち時空間修復員なのだと。
「う~ん、それが本当だとして、なんで三人もいるの」彼女は頭を抱えた。
「……詳細は分からんが、直近の修復作業で、何らかの手違いが起き、ここが三つの世界が重なる特異点になったようだ。俺たち三人はそれぞれ別世界にいる同一人物らしい」
 とても理解できる話ではないが、目の前に三人がいて、何かまずい状況にあるということはだけは分かった。
 ともあれ、この状況を彼らに何とかしてもらわなければならない。
「で、どうするの」
 別の一人が切り出した。
「このキューブを、もう一度作動させて修復すればいいんだけど……」
 何だか歯切れが悪い。他の二人も難しい顔で、下を向いたり、上を向いたりしている。
「何が問題なの? はっきりして」
 いまやこの場を仕切っているのは彼女だ。
「……問題は、この状況を作ったのもこのキューブだということだ。つまり、こうなった原因が分からぬまま、またキューブを作動させるのはリスクが高く、危険だ」
「じゃあ、他に方法はないの? 応援を呼ぶとか、別のこれを持ってきてもらうとか」
「応援が来ても状況は同じだ。別のキューブでは調整が必要となり時間が掛かる」
「だったらこれを使うしかないでしょう」と彼女は手元のキューブをぱんぱんと叩いた。
「やめろ!」三人は同時に叫ぶと、彼女の手元からキューブを奪い取った。
「爆発したら、この世界は吹っ飛ぶんだぞ」
「何よ、そんな危険なものを電車に忘れたくせに、偉そうに言わないでよ!」
 鬼の形相で彼らを怒鳴りつけていた彼女は、やがて深いため息をつき、椅子に座り込んだ。
「やるの、やらないの」
 腹をくくった女ほど強いものはない。彼女に促された彼らは、互いに頷くとキューブの各面を順番にタップし始めた。すると表面が半透明になり、キューブの中心部にこの世のものとは思えないような美しい光が差し始めた。うっとりした彼女が、無意識のうちにキューブに手を伸ばそうとした瞬間、キューブから強烈な光が放たれ、彼女は気を失った。

 しばらくして彼女が気を取り戻すと、三人の男たちの姿はなかった。彼女が安堵したのもつかの間、キューブはそのまま残っていた。
「また忘れ物……」
 落胆した彼女は、それを取ろうとして思わず手を止めた。自分の他には誰もいないはずの室内に、人の気配がしたからだ。
 こわごわ気配がした方を向くと、同じようにこちらを見ている、もう一人の自分がいた。
(了)